記録を残すさんからのコメント
「ブレーンあってのゴー宣」論の言い出しっぺはここのブログ主だったと思いますが、私は当初からピントの外れた批評だなと思っていましたが、とうとう「小林のヒット作はすべてブレーンのおかげ」「デビュー作である『東大一直線』からブレーンなしではヒットしなかった」などという原理主義者が現われてしまいましたね。
『東大一直線』の頃の小林は福岡在住のまま連載していたわけで、編集者をブレーンとして頼り切りになるほど密な打ち合わせが出来ていたとも思えないが、何か具体的な根拠があるのでしょうか。
ここのコメント欄なら小林にどんな無理筋の難癖をつけても大丈夫、という甘えが出てるのではないか。
さらに、もっと根本的な話として「ブレーンがいて何が悪いの?」ということもある。
たとえば、赤塚不二夫にもブレーン・チームがいたし、水木しげるにだってストーリー担当のスタッフがいたし、さいとうプロの分業体制(脚本部門アリ)も有名ですね。
また、篠原健太が以前に次のようなことを語っていました。
「担当と大笑いしながらノリノリで打ち合わせをして、傑作回だ!と思った時にかぎって、いつもよりアンケートが悪かったりする」と。
ブレーンの協力があったとて結果につながるとは限らないのだから、ブレーンありでヒットできるなら結構なことでしょうに。
小林叩きをする人がノリノリで小林だけを叩いているつもりが、他にとばっちりを与えてしまっている、という現象があります。
福岡大学を三流呼ばわりもそうだし、「ブレーンなしじゃヒット作れないw」もそうでしょう。
正直に申し上げて、ハタから見ていると雑に思えます。
2025年06月25日 20:16
https://washiblogact3.seesaa.net/article/516528726.html
大林わるのりさんからのコメント
「トッキーは録音しておいて、ただちにシナリオ化してくれ。その後、わしはコンテにする」
この文章は私も目を疑いました。小林の名言(迷言?)として忘れることができない失言ですね。言論人気取りだった小林も、とうとう馬脚を現わしてしまったようです。
ゴー宣のシナリオをゴーストに代筆させていたのが本当なら、小林のやっていることは佐村河内守と変わりません。メルマガやブログのゴースト疑惑もほぼ100パーセント間違いないと見ていいでしょう。小林はこのような恥知らずなことをして、よく言論人だとか思想家だとかを名乗れたものですね。
結局、小林は自分の頭でものを考えることができないから、ブレーンの言説にすぐ影響を受けるわけです。また、小林は自分自身の思想がないから、ゴーストに頼らないと言論漫画が描けないのでしょう。ゴーマニズムの正体も、言論人よしりんの正体も、中身はどうやら空っぽだったようですね。
もしかすると、小林の過去のゴー宣やスペシャル本も、ゴーストがシナリオを書いた可能性だってあるかもしれません。それどころか、小林が書いたとされている過去の文章も実は疑ってかかった方がいいかもしれませんね。
例えば『新しい歴史教科書』の神話と太平洋戦争の部分、『わしズム』の巻頭コラムの天籟、『正論』や『WiLL』で発表した活字版ゴーマニズム宣言、いわゆるA級戦犯やパール真論の文章パートなどなど……。
小林の言論漫画や文章に感動していた読者たちは、ゴーストの作品に感動していたのと同じだったのです。かつての私も、ゴーストが書いたであろう言説を小林の魂が込もった発言と勘違いして感動していた人間でした。
今の私は、少年時代の自分を騙した小林に怒りを感じています。そして、彼に騙されていたことを心の底から恥ずかしく思っています。
私は決意しました。小林よしのりに騙された負の経験は、人生の教訓としてずっと心に刻み続けると。
2025年06月26日 18:16
https://washiblogact3.seesaa.net/article/502677962.html
※参考ブログ

「鳥山明死去:ロマン優光連載282」を読んで: イボナメクジ愚行録
ライジングの小林名義の記事が時浦のゴーストであることは今や周知の事実でありますが、ゴー宣の内容を考えて纏めシナリオを書いているのも時浦であるということを私が過去に何度指摘しても小林シンパは信じてはくれませんでした。
しかし今回小林はアナモチイズムを発揮して、ど天然で「原作時浦兼・作画よしりん企画」であるという実態を自らゲロってしまいました。
記録を残すさんからのコメント
以前に、嫌中嫌韓本いわゆるヘイト本をつくってヒットさせた編集者へのインタビューを読みましたが、概ね次のような内容でした。
「自分はヘイト本の内容など信じていないし、どうでもいい。ただそういう内容を欲している人間がどの位いるというのを分析して、そこに欲しがってる内容を投げてやる、計算でヒットさせてるだけ」
「金儲け」という観点から評価するなら、こういう人物も「優秀な編集者」「優秀なブレーン」ということになるのでしょう。
「小林よしのりブレーンに頼り切り」論者たちは、「『戦争論』の頃は優秀なブレーンがいた、そこから凋落していったのは優秀なブレーンがいなくなったから」と主張しているが、右傾化して歴史修正主義に墜ちて以降のゴー宣は『戦争論』時点でデマまみれなのだから、「凋落」というのは内容ではなく売り上げを指してのもので、やはり評価軸は金儲けなのだろう。
対して私が指摘してるのは、そりゃ売り上げは大事ですが、デマやヘイトを許容するのは問題でしょう、本当に「優秀なブレーン」なら著者にそれを許さないと思いますけどね、ファクトチェックなどでそれらをはじくのが「優秀なブレーン」の役割なんじゃないすか?ということ。
「ヒットさえすればデマもヘイトもなんでもござれ」という人を「優秀なブレーン」と評することに何の意味があるのか、マジで教えて欲しい。
むしろ社会にとって害悪にしかならないんじゃねえの、というのが素朴な感想です。
2025年06月26日 19:30
https://washiblogact3.seesaa.net/article/516528726.html
大林わるのりさんからのコメント
初期ゴー宣での小林よしのりは、自分が演歌ファンであることをやたらと強調していました。ゴー宣と出会ったばかりのころの少年時代の私は、演歌好きを公言する小林に感心していました。
「小林先生は以外と渋い趣味の持ち主のようだ。音楽に関しては隅に置けない人だな」
と当時の私は本気で思い込んでいたものです。ゴー宣で小林は、幼いころから歌謡曲の影響を受けていたことを公言していましたね。
大学時代に小林がギターを弾いていたという過去話も、彼の歌ウマ自慢も、ファンだったころの私は真面目に信じ込んでいました。小林は音楽に関しては一家言を持っている人なんだ、と昔の私は勝手に思い込んでいました。
年をとってから小林がAKB48みたいなものにのめり込むなんて、当時の私は夢にも思っていませんでしたよ。
小林は演歌の話をいつの間にかしなくなり、J-POPにハマるようになっていきましたが、それでも私は小林は本当は歌謡曲好きなのだと思っていました。
「演歌が好きでなおかつ最新のJ-POPにも理解を示す小林先生は、頭が柔らかい人だ。さすがは漫画家だ」
と少年時代の私は真面目に思い込んでいました。今思えば、当時の私は青二才でしたね。
今思えば、若いころの小林が演歌好きだったのは、初代秘書だった末永直海の影響でしょう。なぜなら、末永は大の演歌好きでしたからね。彼女が秘書を辞めた後の小林は、演歌の話をしなくなっています。
小林は言論だけでなく、音楽の趣味もブレーンの影響を受けやすい人だったのでしょう。おそらく、末永がいなくなった後の小林は、演歌に対して興味を失って飽きたのでしょうね。
また小林は、流行のアイドルにハマりやすいミーハーな性格の人でもあるということです。『東大一直線』を描いていたころの小林は、ピンク・レディーのファンでした。
だから、演歌歌手の藤あや子もアイドル的な興味によって好きになったのでしょうね。後に、小林が年甲斐もなくAKB48にのめり込んだのもある意味で納得です。
結局のところ、小林はミーハーで軽佻浮薄な人でしかなかったようですね。
当然ながら、小林は音楽に対して深い理解を持ち合わせていない人でもあったと言えます。
そんな浅はかな三流文化人の言動を「もしかすると深い意味があるはずだ」と大真面目に考えていた少年時代の私は、本当にお人よしそのものでした。ゴー宣にハマっていた青春時代は、今となっては恥ずかしい思い出です。
2025年06月28日 00:01