大林わるのりさんからのコメント
ますます戦前戦中アナクロニズムに近寄って来たな
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49458
>今日は横浜LIVEの歌の練習をして、午後6時半からチェブリンとの生放送「愛子天皇への道」。話さねばならないことが多すぎるが、青山繁晴らが旧宮家男系男子を守るための「不敬罪」を作ろうとしてるから、将来、逮捕されないように話さねば。
>ますます戦前戦中アナクロニズムに近寄って来たな。言論統制の暗い時代が来そうだ。
今日の小林は、現代の日本で「不敬罪」が作られて言論弾圧のために悪用されることを警戒しているようですが、彼のこの発言はまさしく「お前が言うな」と言い返されても仕方がありません。
なぜなら過去の小林は、自らのことを本物の尊皇家で真の保守だと気取りたいがために、自分が気に食わない右派の人たちは「不敬罪」で処罰されるべきだと平気で言っていた人間でもあったからです。
「教育勅語」の意味を知らぬアナクロ親父を処罰せよ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/36666
>ああいう連中は、「不敬罪」で処罰するべきだろう。
そもそも小林は異論を全く認めようとせず全体主義を好む人間であるため、彼が言論の自由を守れと訴えたところで説得力は何一つありません。
肝心の小林こそが、「国旗紛失罪」や「愛国心毀損罪」を作れと提唱する全体主義者と化していることを見ると、「不敬罪」が作られて言論統制に利用される危険性を批判したところで「お前が言うな」と言い返されても仕方がありません。
国会議員こそが「愛国心」を踏みにじっている
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48708
>どうせなら、「国旗紛失罪」を作って、国旗を持ってない者を罰すればいい。
(中略)
>愛国心など、国会議員が踏みにじっている。「愛国心毀損罪」を作って、高市早苗、麻生太郎を、まず処刑して、自民党、維新の会、参政党、旧統一協会を、刑務所にぶち込むべきだろう。
また小林だけではなくゴー宣シンパたちも、異論を全く認めようとせずに全体主義を好む体質を持っています。もしかすると小林だけでなくシンパたちでさえも、本心では自分が気に食わない男系派が「不敬罪」で処罰されて欲しいとでも思っているのかもしれません。
なぜなら小林シンパの大隊長まーは、現代版不敬罪とでも言うべき「皇室損壊罪」を作れと大真面目に提唱しているからです。
princess AIKO TALK(第897回)皇室損壊罪を適用せよ!
https://aiko-sama.com/archives/70540
>竹田恒泰は、明確に皇室を滅ぼそうとしています。「国旗損壊罪」がどうだとか言ってますが、こも\の(引用ママ)「宮さま詐欺師」に「皇室損壊罪」を適用した方がいいんでないでしょうか。
【愛子さまトーク】第897回 皇室損壊罪を適用せよ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46923
>立法事実(法律制定の前提)がないと話題になった「国旗損壊罪」になぞらえて、「皇室損壊罪」を提唱します。皇室を現在進行で損壊している竹田恒泰を「告発」します!
まーが提唱している「皇室損壊罪」とは、何が皇室を損壊することになるかの定義が曖昧であるため、もしも日本に独裁政権が出現したならば弾圧のためにいくらでも悪用できる危険な刑罰となってしまうでしょう。
仮に小林一派が望んでいるような形で「愛子天皇の日本」が実現して、「皇室損壊罪」も存在していたならば、愛子天皇を不支持であったり、男系男子による皇位継承を支持する人たちは「皇室損壊罪」で処罰されているのかもしれません。
「皇室損壊罪」によって特定の思想を持つ人が不当に処罰されるような社会とは、「不敬罪」の再来どころか治安維持法の再来とでも言うべき暗黒社会に他なりません。
もちろん「皇室損壊罪」なる刑罰は日本国憲法に違反していますが、まーが「皇室損壊罪」を作れと真面目に提唱していることを知ると、ゴー宣道場が立憲主義の大切さを訴えてきたのは一体何だったのかと言いたくなります。
もしも小林が本気で「不敬罪」に反対しているのならば、現代版不敬罪である「皇室損壊罪」を作れと提唱している大隊長まーのことを叱るべきでしょう。
さらに、小林が戦前戦中の日本のことを「アナクロニズム」だの「言論統制の暗い時代」と言っていることに対しては、右派時代のころに何と言っていたのかを忘れたのかと問い詰めたくなります。
そもそも小林は『戦争論2』で治安維持法を擁護していた人間でもありますし、『戦争論3』では山本夏彦の著書『誰か「戦前」を知らないか』(文春親書)を引用しながら戦前の日本は暗い時代ではなかったかのように強弁していた人間でもありました。
もしも小林が右派時代のころの言説を捨てたのならば、どのような理由で意見を変えたかについて具体的に説明するべきですし、過去の自分の主張が間違っていたことを認めたならば読者に対して謝る必要があります。
小林が何の前触れもなく受け狙いのために過去と正反対の意見を言ったのならば、それはただ単なる無責任な変節に過ぎません。それにしても小林は、自分の思いつきで軽率な放言を繰り返して恥ずかしくないのでしょうか。
2026年08月22日 19:14
https://washiblogact3.seesaa.net/article/521358320.html
大林わるのりさんからのコメント
漫画家・小林よしのりさん「2600年以上の男系堅持は『カルト』」「この閉塞感を打破する『愛子天皇』への道しかない」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/391934
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/391934/2
愛子天皇の実現にひたすら固執し続けている小林は、日刊ゲンダイのインタビュー記事でも使い古されたいつもの持論を唱えています。ただし、小林が長々と変わり映えしない持論を話しているような内容でさえも、よく読んでみるとやはりあちらこちらでおかしな屁理屈が挿入されています。
しかしながら、日刊ゲンダイの記者が小林の発言に対してろくに裏を取ろうとしないのは、さすがにジャーナリズム精神とは程遠い無責任な仕事ぶりであると言わざるを得ません。だから、このインタビュー記事での小林のおかしな発言に対しては、誰かが突っ込みを入れる必要があるでしょう。
例えば小林は、愛子天皇が実現すれば「社会の意識が変わり、将来が明るくなる」ので、「この国の閉塞感を打破するには、愛子天皇への道しかない」と言っています。やはり小林が愛子天皇を推進するための理屈というのは、神がかり的な妄想がベースになっているのでしょう。
それ以外でも、小林はおかしな屁理屈を言っています。例えば、旧宮家系の養子に迎える案に現実味がないと「わしは20年前から言っている」と言っていることに対しては、元読者の人ならば「え?」と驚かざるを得ないでしょう。
今から20年前(2006年)ごろの小林は、どちらかと言うと男系男子による皇位継承を支持する立場であり、『わしズム』の巻頭言でも西尾幹二が小泉政権による皇室問題のスタンスを批判していたことを好意的に評価していました。
おそらく小林は頭脳の衰えの影響で、過去に何があったかを正確に認識することが難しくなっているのでしょうけど、よく確かめもしないまま「わしは20年前から言っている」とかつての自分の立場を捏造するのはさすがに問題でしょう。
他にも小林は、「今もSNSでは養子案に前向きな三笠宮家の彬子女王や妹の瑶子女王への批判がすさまじいが」と他人事のような発言をしています。
しかし、実際には小林こそが三笠宮家バッシングに手を出している張本人であり、犬笛作戦を利用してシンパたちにも皇族バッシングに加担させている張本人でもあります。それにも関わらず、ゲンダイの記者の前では小林が他人事のような発言をしてとぼけているのは実に卑劣極まりありません。
しかも小林は日刊ゲンダイのインタビューでは、自身のブログやライジングに書いているような三笠宮家バッシングの主張を唱えることは控えていました。ゲンダイのインタビューでの小林は、シンパたちの受けを狙うためにブログにしょっちゅう書いているような過激な発言もなぜか控えています。
おそらく小林は、公のメディアを相手にして一線を越えた発言をしたら炎上ものの騒動が起きるという自覚は薄々あるのでしょう。小林がシンパたちを相手にしながらブログで過激な発言を連発しているのは、所詮は内弁慶そのもののみっともないイキリに過ぎません。
しかし、自分がブログにたびたび書いている過激な発言に対して、もしも単純な思考のシンパが真に受けてしまったらどうなるかという危機感くらいは小林は持つべきでしょう。
小林が思想家を名乗りながら自分の発言に対して責任を取ろうとしないのは、言論人失格の卑怯者の振る舞いという謗りを免れません。
読者たちの受けを狙うためならば、過去の主張をかなぐり捨てて変節することに何も罪悪感を持とうとしないのは、まさしく小林の無責任さの最たるものと言えます。
例えばゲンダイのインタビュー記事で小林が訴えている主張は、右派時代のころならば絶対言わなかった内容ばかりであるため、明らかに変節や転向と見られても仕方がありません。
『戦争論』など右派時代のゴー宣の主張を真面目に信じていたことがある元読者の人たちからすれば、ゲンダイでの小林のインタビュー記事に対しては、「あの時、俺が信じていたことは一体何だったんだ」と読後に怒りを覚えてもおかしくないでしょう。
例えば小林は、高市首相ら右派の改憲派が「平和憲法の実践者であり、不戦を祈り続ける上皇や天皇を心の底では嫌悪しとる」と決めつけ、「その精神を受け継ぐ愛子天皇を潰して皇室から「護憲の象徴」を排除したがっている」という陰謀論を唱えています。
そもそも小林は絵に描いたような改憲派であり、不戦の考え方を「平和ボケ」として忌み嫌っていた人間のはずです。小林は立憲主義の意義を唱えるようになってからも、「立憲的改憲」と言って9条改正を肯定する立場に立っていました。
右派時代のころの小林は、『戦争論』の発表などの言論活動を通じて近代日本の戦争を正当化していた人間であり、8月15日に国内のテレビ局が反戦を訴える番組を放送することに対しては嫌悪感を露わにしていました。
逆張りで高市首相ら改憲派を批判するために、上皇陛下や天皇陛下のことを「平和憲法の実践者」と褒める小林に対しては、自分が過去に言っていた歴史観や主張とどう整合性をとるのかと突っ込みたくなります。
それどころか、小林は西部邁との対談本である『本日の雑談』シリーズでは、明仁天皇(現・上皇陛下)が日本国憲法を守ると言っていることに対しては、批判的な態度を露わにしていました。
小林は過去に自分が何を言っていたかを真面目に振り返った上で、なぜ自分が意見を変えたかについて具体的に説明する必要がありますし、もしもかつての主張が間違っていたことを認めたならば読者に対して謝るべきでしょう。
右派時代のころの言説をかなぐり捨てたかに見える小林は、ゲンダイの記者から「「戦争論」がネトウヨ増殖の土壌になったようにも思えます」と質問されたことに対しては、「意図せず極端な右傾化を生んでしまった責任は否定しません」と言っているようです。
小林のこの発言は、『戦争論』がネトウヨ増殖の土壌になったことの「責任」について、彼がようやく認める気になった内容のように見えるかもしれません。しかし、小林のレトリックに騙されてはいけません。
なぜなら小林は「意図せず極端な右傾化を生んでしまった」と言っており、自分がネトウヨの生みの親になったことに対して全面的な反省をしているわけではないからです。
小林が「意図せず極端な右傾化を生んでしまった」と言っていることからは、「『戦争論』を誤読した読者がネトウヨになったので、わしはネトウヨの生みの親ではない」という従来通りの責任逃れのための言い訳が読み取れてしまいます。
ゲンダイの記事をよく読んでみると、小林は『戦争論』で訴えた主張や右派時代のころの自らの数々の言説に対しては、未だに反省をしていないことが分かります。
何しろ小林は、「当時は自虐史観が強く、祖国のために闘った人々を“侵略者”と蔑む風潮を正そうとしたけど」とも言っており、つくる会への参加など右派時代のころの自分の活動や言論は間違っていなかったという立場に立っています。
どうやら小林は、つくる会にいたころなど右派時代の自分の活動や言説に対しては、真面目に総点検をする気が毛頭ないようです。
あえて言うならば、つくる会への参加など右派時代のころの小林は宗教右翼の組織票に頼っていたため、自らのカルト疑惑を認めることはどうしても都合が悪いという理由があるのかもしれません。
小林が右派時代のころの活動や言説を真面目に総点検したならば、カルト疑惑にも触れることにならざるを得ないでしょうし、そうなったならば、代表作の『戦争論』は組織票のおかげで売れたインチキなベストセラーだったと認めることにもなってしまいます。
過去のベストセラーは何から何まで自分の実力のおかげだったと宣伝したい小林からすれば、カルトの組織票によるまとめ買いのおかげで本が売れていたという事実を認めることはさぞかし都合が悪いのでしょう。
つくる会は正しい目的の草の根保守の運動だったけど9.11以降に突然親米ポチ化してしまっただの、或いは、『戦争論』のベストセラーは小林の実力のおかげで一般人たちが純粋に支持してくれた賜物だのという「ゴー宣史観」は、まさしく「嘘・大げさ・紛らわしい」を地で行く「ソースは小林よしのり」の典型例です。
根っからの嘘つきである小林の発言をソースとした「ゴー宣史観」は、現実の裏側に全く触れようとしない一面的な見方でしかありません。
つくる会時代の『戦争論』の栄光を未だに忘れられない落ちぶれた漫画家の小林は、自分のかつての支持母体だった日本会議が武道館で集会を開いていることが妬ましくてたまらないようです。
だから小林は、ゴー宣界隈など女系天皇推進派が「いずれ「愛子天皇を志す」国民大会で武道館を超満員にしたい」と寝言を言い、「わしだって「新しい歴史教科書をつくる会」の頃、東京・厚生年金会館を満員にした」から可能だと屁理屈を言っています。
今の小林は文化人として社会的影響力が落ちていますし、ゴー宣道場も集客力の低下と運動の衰退に歯止めがかかっていません。だから、小林のカリスマ性で愛子天皇実現運動が力を伸ばしていずれは武道館を超満員にするという夢は、明らかに達成不可能な空中楼閣でしかありません。
そもそも大多数の国民は、小林一派のように三度の飯よりも皇位継承問題の方が最重要だという偏った思考に取りつかれているわけではありませんし、もちろん愛子さまを神格化して狂信的に個人崇拝しているわけでもありません。小林は普通の国民の気持ちが全く分かっていません。
そして何よりも、かつてのつくる会が東京・厚生年金会館を満員にしたという小林の自慢話に対しては、「それこそが組織票による動員の最たるものだろ」と突っ込みたくなります。
つくる会は日本会議を支持母体にしている運動団体であり、各支部ではキリストの幕屋の信者が活動家となっていました。当時の小林と仲が良かった青年会議所(JC)の人たちも、つくる会の運動では組織票として動員されていたはずでしょう。
しかし、つくる会と宗教右翼勢力のつながりやその他の組織票の存在を認めようとしない小林は、「大勢の人が自虐史観にうんざりしていた証し」で東京・厚生年金会館が満員になったのだと平気で嘘をついています。
最近は日本会議が武道館で集会を開いたようだが、つくる会にいたころのわしだって東京・厚生年金会館を満員にしたのだという自慢話に対しては、「お前の武勇伝こそが日本会議の組織票のおかげでしかなかったのに、何のギャグだよ」と言い返したくなります。
もしかすると小林は、自分の嘘に自分自身が喜んで騙されて現実が見えなくなるという例の癖の影響のせいで、「『戦争論』のベストセラー化はわしの実力のおかげ」という嘘を自ら信じ込んで現実が見えなくなっているのかもしれません。
かつての自分はつくる会の台頭と『戦争論』のベストセラー化を実現させたから、「愛子天皇を志す」国民大会で武道館を超満員するという目標だって達成できるはずだという小林の思い込みは、今の自らの影響力や現実を無視した誇大妄想でしかありません。
呆れたことに小林は自分自身の実力を客観視することができておらず、つくる会時代のころの『戦争論』ベストセラー化の栄光にすがりついたまま現実が見えなくなっています。
自分の愛子天皇実現運動はつくる会と『戦争論』の栄光を再来させてくれるだろうという妄想にとらわれた小林が、「わしは死んでも愛子天皇を諦めんぞ!」と叫んでいる姿は実に滑稽で哀れでしかありません。
2026年08月26日 09:15
https://washiblogact3.seesaa.net/article/498264729.html
大林わるのりさんからのコメント
「『愛子天皇への道』今回も凄く面白かったです」
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49486
>Alex JFKさん
>ネトウヨと言われる輩には是非ネトウヨ音頭を聞いて反省してもらいたい。
>tik takさん
>よしりんがいなかったら、ネトウヨさんにネット言論空間を支配されていたかもしれません。よしりんの正々堂々と討論に応える姿勢のおかげで、皆もしっかりとネトウヨに反論できるようになったと思います。ありがとうございます。
現在までゴー宣道場に残って小林シンパを続けている人たちの知的レベルの残念さは、マツタケやアナモチだけでなく、「Alex JFK」と「tik tak」の発言を見ても分かります。
なぜなら「Alex JFK」と「tik tak」は、現在の小林のことをネトウヨと戦うヒーローであるかのように見なしているからです。しかし「Alex JFK」と「tik tak」は、自分の師匠である小林こそがネトウヨを生み出すきっかけを作ったという事実にはなぜか気付いていません。
「Alex JFK」に対しては、「そもそも『ネトウヨと言われる輩』を生み出した張本人はあなたの師匠だろ」と突っ込みたくなります。
もちろん「tik tak」に対しても、「今のネット言論空間の惨状をもたらしたきっかけは、『ネトウヨさん』に新ゴー宣や『戦争論』『台湾論』という聖典を与えたよしりんではないか」と突っ込みたくなります。
ゴー宣信仰を持ちながらネトウヨを嫌う小林シンパは、そもそも自分が支持している価値観はネトウヨと大差がないのではないかという疑念すら持っていないようであり、自らのことを全く客観視できていません。
現在の小林やゴー宣シンパたちは、「ネトウヨを嫌うネトウヨ」という珍妙な存在と化しています。
「Alex JFK」に対しては、そもそも小林が作ったネトウヨ音頭は「ネトウヨ=男系天皇派」という決めつけでネトウヨの定義を矮小化する欺瞞の作品でしかないとも突っ込んでおく必要があるでしょう。
小林がネトウヨの定義を「ネトウヨ=男系天皇派」という決めつけで矮小化したがるのは、皇室問題以外での自分の思想や価値観は実はネトウヨと大差がないことを隠すためでもあるのかもしれません。
そうであるならば、小林は自分がネトウヨの生みの親であるという事実を隠すために、今ごろになって反ネトウヨのヒーローを演じている卑怯者でしかないと決めつけても良いでしょう。
ネトウヨ発生の元凶であった小林が最近になって反ネトウヨを演じているのは、右派時代に統一教会に甘い態度を取っていたという事実を隠すために、今ごろになって反統一教会・反カルトのヒーローを演じている姿とも似ています。
「tik tak」は、「よしりんの正々堂々と討論に応える姿勢のおかげで」とも言っていますが、そもそも小林は普段は威勢のいい言論人を演じていながら、実際にはうるさ型の相手とは討論をせずに逃げの姿勢に徹する臆病者でしかありませんでした。
小王国のボスとなった小林は、自分が勝てない論敵とは真面目に議論をしようとせず、側近たち(例えば時浦、笹、泉美、大須賀)にブログを書かせて論破ごっこをさせるという姑息な真似をしています。
しかも小林の場合は、犬笛戦術でシンパたちにネット上での荒らし行為(論破祭り)をやらせて論敵を追い詰めようとする卑怯者でもあります。
もしも小林が言論人らしく相手との討論に正々堂々と応じる姿勢があったならば、側近にブログを書かせて論破ごっこをさせることも、シンパたちを使って荒らし行為をさせることもおそらくあり得なかったでしょう。
どうやらゴー宣シンパは自分のことを客観視できていないだけでなく、師匠である小林が何をしてきたかについても全く客観的に評価することができていないようです。
それにしても、ネトウヨ発生の元凶である小林を反ネトウヨのヒーローとして崇めるとは、ゴー宣シンパたちの知的退廃ぶりは実に深刻な有様となっています。現在の小林とシンパたちの知的退廃ぶりについては、「daigo」が書いた以下の文章を読めば分かります。
>daigoさん
>今回も凄く面白かったです。小林先生の「男系派の頭には脳みそではなくうんこが詰まっている」は傑作でした
小林が「男系派の頭には脳みそではなくうんこが詰まっている」と言っているのは、論理的な証明や丁寧な議論を放棄した単なるレッテル貼りでしかなく、子供が口喧嘩の際に「お前の母ちゃん、でーべそ」と叫んでいることと大差がありません。
もしかすると小林は、「うんこ」という単語を用いた下品な例えさえすれば、読者たちは受けてくれるはずだという安易な発想をしているのかもしれません。
小林のこの発想は、子供向けの下ネタまみれのギャグ漫画ばかり描いてきた三流漫画家らしい低俗なものであり、知識人や思想家にふさわしい知性が全く感じられません。
或いは小林は、「『うんこ』という下品でどぎつい単語を使って罵りさえすれば、男系派でなおかつインテリ気取りの連中はわしの不良っぽさにビビってくれるだろう」とでも勝手に思い込んでいるのかもしれません。
どうやら小林は、言論人としての真面目な議論とヤンキー的な下品な罵り合いの区別ができていないようです。現在の小林の体たらくは論客としては劣化の極みで実に残念ですが、それだけでなく、シンパたちが師匠の言葉ならば何であっても手放しで支持している惨状も実に残念であると言えます。
ゴー宣シンパの「daigo」が、小林の「男系派の頭には脳みそではなくうんこが詰まっている」という下品で頭が悪い発言を「傑作でした」と褒めているのは、まさしく現在の公論サポーターたちの知的退廃ぶりを象徴していると言えるでしょう。
2026年08月26日 18:18
https://washiblogact3.seesaa.net/article/504157729.html
大林わるのりさんからのコメント
執念で「君臣の分義」を守る
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49558
>なにがなんでも「愛子さま排除法」を拒否し、養子案をこそ排除し、「君臣の分義」を守らねばならない。
小林は表向きでは天皇や皇室に対して個人崇拝に近い崇敬の念を表明しており、特に愛子さまに対しては神格化と言っても過言ではないほどの狂信的な個人崇拝を露わにしています。
しかし、小林は愛子さまへの推し活には血道を上げていても、実際には皇室に対する敬愛の気持ちは全く持ち合わせていない人間です。何しろ小林は秋篠宮殿下のことを「公けの心がない」と勝手に決めつけている上に、最近では三笠宮家に対して下劣なバッシングに手を染める有様となっています。
そもそも小林が「「君臣の分義」を守らねばならない」という言葉を本気で実践するのならば、愛子天皇の実現だけに固執するのではなく、皇位継承資格者である悠仁さまにも敬意を払うべきです。
しかしながら小林は、自分自身はミーハーな気持ちと狂信的な個人崇拝で愛子さまを応援しているにも関わらず、悠仁さまに対して人々が好感を抱くことに対しては「悠仁さま上げ」で「悠仁さまミーハー」であると決めつけて、一方的に反発する身勝手さを見せています。
愛子天皇論はミーハーだけで成り立っているものではない
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/12396
>悠仁さま成年式を契機に、男系派による「悠仁さま上げ」のXツイッター工作が目立って来た。
(中略)
>愛子さま派だった知識人も、すでに騙されているようで、悠仁さまミーハーを作ることに加担しているようだ。
それどころか小林は、天皇に対する敬愛の気持ちさえも本心ではろくに持ち合わせていません。何しろ小林は、コロナ禍のころに「天皇はコロナ脳」という言葉を残していた人間でもあります。
今日の小林が書いたブログ記事は、彼が天皇に対する敬意を本心では全く持ち合わせていないことを証明する内容となっています。
電子メカ万能時代は嫌だなぁ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49578
何と小林は、電気店の店員が秘書岸端を相手にパソコンの説明をしていて、機械音痴の自分をスルーしていたというエピソードのことを、「もはやわしには人権がないと思っていて、わしを天皇あつかいだ」と表現しているようです。
パソコンのことを「電子メカ」呼ばわりするほどの機械音痴であるくせに、自分が電気店の店員から時代遅れな人間と扱われることに腹を立てている時点で、小林は思想家を名乗りながら人としての器の小ささを隠し切れていません。
電気店の店員が自分を構ってくれなかったことを人権無視とブログでぼやく小林の有様は、まるで駄々っ子のようでみっともなく見えます。
駄々をこねる小林に対しては、そもそもあなたは呉智英や西部邁の影響で人権について懐疑的な主張をあれほど唱えていたくせに、自分自身が店員から構ってもらえなかったというだけで人権無視だとわめくのは見苦しいではないかとも突っ込みたくなります。
ただし、このブログ記事でどうしても突っ込んでおくべきところといえば、自称尊皇家である小林が自分自身を天皇になぞらえるというとんでもない不敬な真似をしでかしていることでしょう。
「天皇は人権がない存在だ=わしは店員から人権を尊重されなかった=だからわしは店員から天皇扱いされたようなもの」という小林の三段論法は、常人の視点で考えたならば発想自体が実に意味不明でしょう。
そもそも小林は、「天皇には人権がない存在だ」と事あるごとに言ってきた人間ですが、あろうことか「天皇もわしも人権がない存在だ=だからわしは天皇と同じ存在だ」と本気で考えているならば、発想自体が不敬そのもので人としての驕りがにじみ出ています。
自分自身を天皇になぞらえることができる時点で、小林には尊皇心も皇室に対する敬愛の気持ちも微塵も持ち合わせていないことが改めて分かります。やはり小林の正体はビジネス尊皇家に過ぎないのでしょう。
2026年08月28日 15:54