脱イボナメクジ宣言

小林よしのり読者であった黒歴史を告白する会

自民党は馬鹿農園に生えた日本脳炎の患者だ!

大林わるのりさんからのコメント

自民党は馬鹿農園に生えた日本脳炎の患者だ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48494

6月30日のブログ「自民党は馬鹿農園に生えた日本脳炎の患者だ!」を読めば分かりますが、歩く失言製造機と化した小林がまたしてもやらかしてくれました。

このブログ記事で書かれている内容は、気に食わない相手に対する一方的な決めつけと過激な暴言のオンパレードであり、一線を越えた発言がこれでもかと並んでいます。

例えば、小林は自民党のことを「馬鹿」で「イカレている」と決めつけ、「馬鹿農園に繁殖した日本脳炎の患者みたいなものだ」とまで言い切っています。

何よりも、小林がこのブログで書いた「日本脳炎」発言は、様々な意味で問題があります。そもそも小林のこの発言は典型的な難病の揶揄であり、日本脳炎の患者に対する差別発言に他なりません。

おそらく小林は日本脳炎の患者のことを見下しているだけでなく、この病自体に対しても偏見を持っているのでしょう。当然ながら小林の「日本脳炎」発言は、自民党の国会議員たちを日本脳炎の患者扱いして差別していることにもなります。

もしも小林が90年代並みの影響力を持った上で今回の「日本脳炎」発言をしていたならば、間違いなく炎上ものの騒動が起きていた上に、謝罪に追い込まれるほどの事態にまで発展していた可能性もあるでしょう。

また小林はブログの文中で、他にも見るに堪えないレベルのヒステリックな暴言をこれでもかと書きなぐっています。

例えば小林は、維新の会の国会議員たちは「さっさと逮捕した方がいい」とまで言っていますし、男系天皇派の国会議員たちは「唖然とするほどの劣化で、馬鹿が皮膚まとってるだけという状態」であるとまで言い切っています。

小林がブログの中で言っていることは、何から何まで決めつけに基づく相手への悪魔化でしかありません。

未だに保守を気取りたい小林は、ハイエクが唱えた「設計主義」の単語を用いながら、男系天皇派の国会議員たちのことを「「設計主義」の権化で、左翼以上の過激派左翼」と言っていますが、この表現も決めつけによる悪魔化といういつもの手口でしかありません。

小林が「保守」を気取りながら、過激な表現で相手を「設計主義」「左翼」扱いして罵倒文を書いている様子は、まるで中川八洋(筑波大学名誉教授)による文章の作り方を彷彿とさせてしまいます。

思想的に尖鋭化して陰謀論者となってしまった中川八洋と同じく、現在の小林も別の意味で妄想じみた陰謀論者の仲間入りを果たしているのは実に悪い冗談です。

小林は旧宮家養子案のことを風刺しようとして、決めつけに基づいたえげつない罵倒をひたすら繰り返しています。

いまどき皇族の「養子」になるという奴などいるはずがない。「マスコミさん、僕のことを洗いざらい調べ上げてください。」「15歳まで聖人君子として生きて来ましたから。」「ネット民よ、僕を炎上させてくれ!」「スマホ農園で、忽ち炎上させてくれ!」「僕は焼身自殺したいんです!」と言っているようなものだ

例えば小林がブログ記事の中で、「スマホ農園で、忽ち炎上させてくれ!」「僕は焼身自殺したいんです!」という比喩を書いているのは、旧宮家の養子候補の人に対する誹謗中傷と見られてもおかしくないほどの暴言です。

おそらく小林は、「愛子天皇実現」への夢と竹田恒泰への憎悪に固執し続けたせいで、旧宮家に対して病的なまでの憎しみの感情にとらわれるようになってしまったのかもしれません。

現在の小林は正常な思考ができなくなっているせいで、言って良いことと悪いことの区別が付かなくなっているのでしょう。

小林の思考力の衰えを証明する発言といえば、このブログで書かれた「自民党が完全にイカレていると、悟った人は、ぜひ夏祭りに来なさい!」という文章も含めてもいいいでしょう。

どうやら小林は、夏祭りは政治色がないイベントであるとあれほど説明していたにも関わらず、旧宮家養子案を批判した反自民の大会として開催しようとしているようです。つまり、夏祭りは政治色がないイベントであるという小林の説明は真っ赤な嘘だったことになります。

小林が「自民党が完全にイカレていると、悟った人は、ぜひ夏祭りに来なさい!」と言っているのは、自分は二枚舌を使うインチキな人間であると世間に知らしめているようなものです。残念ながら現在の小林は、自分がいかにおかしな発言を繰り返しているかを全く自覚できていないようです。

小林はどれだけ頭脳の働きが衰えても、ゴー宣が売れていたころの成功体験を捨てられないせいで、「敵」を汚い罵倒語で悪魔化して勝利宣言したいという気持ちや、ひたすら過激な言葉を吐いて世間に注目されたいという気持ちに未だにこだわり続けています。

しかし悲しいことに、現在の小林は社会的な影響力が著しく低下したオワコン文化人となっているため、他の人間ならば言論人としての信用を失いかねない炎上ものの失言を繰り返しても、すでに無風の存在と化しています。

ただし、小林は論客としてとことん落ちぶれ果てた存在であるとはいえ、未だに盲目的なシンパたちを抱えている人間でもあります。

だから、狂気に陥った小林の発言を鵜呑みにするゴー宣狂信者たちの暴走を阻止するためにも、彼の問題発言に対しては誰かが「今のあなたはおかしい」と厳しく批判をする必要があるでしょう。

2026年07月01日 07:20

https://washiblogact3.seesaa.net/article/521021591.html

 

大林わるのりさんからのコメント

「愛子さま排除法」阻止の震源地は小林よしのり!その姿を見に来い!夏祭り応募締切は明日正午!!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48541
本日放送のテレビ朝日『大下容子 ワイド!スクランブル』12時過ぎのコーナーで、政府がゴリ押ししようとしている、仮の名を「旧宮家養子案」、正確にいえば「愛子さま排除法案」の話題を取り上げ、先日取材があったよしりん先生のVTRも放送されました。
もっと早くわかっていればブログで告知できたのに残念~!

大下容子さんは頭いいな。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48545
大下容子さんのワイドスクランブルに、わしが出ていた。ちゃんと旧宮家系男系男子の「養子案」は「愛子さま排除の法案」だと放送してくれたのがありがたかった。河西教授は分かってる人なので良かった。女性弁護士も良かった。やっぱり大下容子さんは頭がいいし、司会が上手い。まさか「小林よしのりが正しいと思います」なんて言えるわけないからね。公平中立を保たなければいけない人だから。ワイドスクランブルは毎日、国際的な話題まで取り上げていて、男性司会の番組より参考になる。

7月1日に放送されたテレ朝の「大下容子 ワイド!スクランブル」では、女系天皇派の論客の一人として小林の意見も紹介されていたようです。

社会的な影響力が低下して久しい存在となった小林は、久々にテレビ番組に出ることができたのがよほど嬉しかったようであり、ブログ記事の中でもはしゃぎっぷりを隠せていません。

そもそも小林は承認欲求に飢えている人間であるため、自分をチヤホヤしてくれる存在と出会ってしまうとあっけなく舞い上がってしまう悪癖があります。

だから小林の頭の中では、ワイドスクランブルは自分をいっぱしの論客として扱ってくれたからいい番組であり、大下容子は自分の意見を尊重してくれたから立派な女性だ、という自分勝手な思い込みができてしまったのでしょう。

しかも、夏祭りで予定しているジャイアンリサイタルにテレ朝社員を協力させるという裏の事情もあるせいなのか、小林はワイドスクランブルに対しておべっかをブログで書いています。

自分と付き合いがあるメディアに対する媚び媚びな姿勢からも分かるように、普段の小林によるメディア批判は口先だけのものでしかないことが改めて分かります。

右派路線だったころのゴー宣での朝日新聞・テレ朝批判や、コロナ禍のころのテレ朝「モーニングショー」批判は一体何だったのかと今の小林に突っ込んだところで、おそらく馬の耳に念仏でしかないのでしょう。

ところで実に情けない話ですが、小林はワイドスクランブルに対しておべっかを言う場合でも、「男性司会の番組より参考になる」と変な褒め方をしてます。

昔から小林は、有名人の女性のことを自分のシモの欲望に基づいて評価したがる癖がある人間ですが、ワイドスクランブルや大下容子のことを「男性司会の番組より参考になる」と言っているのは、典型的な「いつもの癖」の表われなのでしょう。

男性司会の番組より参考になる」という発言もそうであるように、小林は何かと属性差別をしたがる人間であることが改めて分かりますが、残念なことに肝心の本人は自分自身の女性差別の体質を全く自覚できていないようです。

そして小林に対しては、いつもブログで書いているような一線を越えた暴言の数々は、果たしてテレビ番組の中でも堂々と言ったのかと突っ込んでおきたくなります。

最近の小林は頭脳の衰えの影響によって、ブログの中で感情に任せた過激な発言を繰り返す人間と化していますが、時浦ブログや小林ブログでの報告からも分かるように、ワイドスクランブルに出た際は暴言を控えていたのでしょう。

小林が普段からブログで書いている数々の暴言を、もしもテレビの取材で唱えたならば、インタビュー自体がボツになって放送されないでしょうし、仮に地上波で放送されていれば炎上ものの騒動が起きてもおかしくありません。

だから小林は、テレ朝のワイドスクランブルによる取材の前では、日ごろからブログで書いているような「国会議員たちをギロチンで処刑しろ」などの一線を越えた過激な暴言は封印していたのでしょう。

そうであるならば、小林ブログで書かれた数々の暴言はシンパたちを相手にしたパフォーマンス目的の発言でしかないため、所詮、小林は頭脳の働きが衰えても内弁慶な臆病者のままであったということになります。

目立ちたがり屋の小林は、自分の発言がワイドスクランブルで紹介されたことを喜んでいるようですが、今の彼が言論人として終わった人となっている上に、人間としても俗物でしかなかったという事実に変わりはありません。

2026年07月03日 07:47

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519267404.html

 

大林わるのりさんからのコメント

麻生太郎と1対1で議論したい。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48563
いまだに男系固執している国会議員よ、麻生太郎よ、高市早苗よ、わしと1対1で議論しないか?会場をわしが用意して、ギャラを払ってもいいから、1対1で話すところを、ネットで生放送しないか?麻生太郎とは京都で舞妓さんを呼んで、酒を酌み交わした仲じゃないか。あんたはわしの『戦争論』を国会議員に勧めてくれたこともある。あのときは感謝したな。今さら、たかが漫画家の一国民である小林よしのりなんて、怖がる理由はないだろう。わしが議員会館を尋ねてもいいぞ。男と男の真っ向勝負をやらんか?

小林は論客のくせに議論が不得手な人であることは、もはや周知の事実と言って良いでしょう。テレビの討論番組での小林はやられ役になることが多い人でしたし、うるさ型の論客から議論を挑まれるとひたすら逃げに徹する人間でもありました。

最近の小林は、例の病の影響で頭脳の働きが衰えている人間でもあるため、論客としてまともに議論をこなすことができない人間となりつつあります。

例えば2025年秋のゴー宣道場で小林は、ゲストとして呼んだ山尾志桜里に対して反論をすることができませんでした。最近でも小林は、とあるネット討論番組では議題から脱線した話題ばかり延々と話していましたし、別のネット討論番組ではMCを任されていながら事実上の置物と化していました。

しかし、小林は表向きではゴーマニスト(傲慢主義者)を名乗っている人間でもあるため、シンパたちの前では自分が反骨の論破王であるかのごとく必死で演じています。

だから小林は、今の自分を決して相手にしないであろう大物に対して、その気は全くないのに「わしと1対1で議論しないか?」と呼びかけることによって、反権力パフォーマンスを行っているわけでもあります。

そして、自分が「わしと1対1で議論しないか?」と呼びかけた大物が相手にしてくれなかった場合は、「あいつは議論から逃げたぞ」と宣伝して一方的に勝ち誇るのですから、小林の仕草は言論人のふりをしながら「やってる感」を演出しているだけに過ぎません。

おそらく今の小林は、国会議員たちの間で悪評が広まった存在と化しているでしょうから、果たして麻生太郎副総裁や高市早苗首相がまともに相手にしてくれるとは思えません。

国会議員たちは現在の小林のことを、シンパたちをそそのかして『愛子天皇論3』をあちこちに配らせた迷惑な存在として煙たがっている可能性があります。

小林と顔見知りである辻元清美氏が、今年(2026年)2月のゴー宣道場への参加を断ったのは、小林界隈に関する悪評が耳に入ったことが原因となっている可能性があるでしょう。

もしも仮に、麻生副総裁や高市首相が小林を真面目に相手にしてくれて、議論に応じたならばどうなっていたでしょうか。その場合は、小林は適当な理由をつけて議論を断って逃げに徹していた可能性が高いでしょう。

或いは、もともと議論が不得手である上に病の影響で頭脳が衰えている今の小林が、麻生副総裁や高市首相と本気で議論を挑んだならば、おそらくろくに反論できずに一方的に言い負かされるであろうことは目に見えています。

それどころか小林は内弁慶の臆病者で、強い者にはやたらと媚びる権威主義者でもあるため、今の彼が麻生副総裁や高市首相に会ったならば、おそらく蛇に睨まれた蛙のように怖気づいてしまうに決まっているでしょう。

麻生副総裁や高市首相に対して議論を呼びかける反権力パフォーマンスをしたこともそうですが、小林は論客としても人間としても、やっていることは小物感がにじみ出ています。

麻生太郎氏が『戦争論』を国会議員に勧めてくれたという過去の栄光に未だにすがりついていることも、現在の小林の小物っぷりを見事なまでに証明させています。

大物に褒められると簡単に舞い上がってしまう小林の体質は、権威主義者の俗物の典型とも言えますし、彼が承認欲求に飢えている可哀想な人間であることの証明とも言えます。

ちなみに『戦争論』を発表したころの小林と当時の麻生太郎氏の共通点とは、すなわち日本会議と付き合いがあったということです。当時のつくる会が日本会議を支持母体にしていたことは周知の事実ですし、上杉聡は同会と自民党右派とのつながりを指摘していました。

つまり、つくる会の理事待遇で右派陣営の寵児だったころの小林は、宗教右翼や自民党右派に「あいつは便利な奴だ」と利用されただけのピエロに過ぎませんでした。

『戦争論』ブームが自分の実力であるかのごとく演じていることもそうですが、小林という人間の正体は自分を大物であるかのように演じたがる情けない小物に過ぎません。

小林の正体がどうしようもない小物であることを思い知らされた今となっては、彼がいくらヒーロー気取りの言動をしたところで私の琴線に触れることはありません。

2026年07月03日 14:57

https://washiblogact3.seesaa.net/article/521021591.html

 

大林わるのりさんからのコメント

テレビ朝日とわしは相性がいい。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48571
テレビ朝日とわしは相性がいい。
『おぼっちゃまくん』夏祭りでも、テレビ朝日の社員が『おぼっちゃまくん』グッズを出してくれる。
そもそも『おぼっちゃまくん』のアニメを平成元年から放送してくれたのがテレビ朝日だったし、インドの『おぼっちゃまくん』放映でも、尽力してくれて、No.1にしてくれたし、日印合同の新作アニメ制作もやってくれた。
討論でもアベマTVで、わしの単行本をずらっと揃えてくれたし、今回の大下容子氏の「ワイドスクランブル」でも、真っ向から皇統問題を取り上げてくれた。 
あとは羽鳥慎一のモーニングショーで、玉川徹氏が思いっきり皇位継承問題を論じてくれるのを待っている。玉川徹氏なら論理的に分かりやすく言えるはずだ。わしは期待している。政権に阿ることなく、憲法を守る立場から、発言して欲しい。

このブログ記事での小林は、露骨なまでにテレ朝へのおべっかを書きなぐっています。小林がテレ朝にごまをすっているのは、インド版『おぼっちゃまくん』の放映や茶魔グッズの関係で世話になった上に、よしりんバンドへのテレ朝社員「フラワーさん」の協力が決まったことが背景にあるのでしょう。

何しろ小林ときたら、「テレビ朝日とわしは相性がいい」とまでブログに書いています。小林による軽薄で厚かましいこの言葉を見ていると、元ファンの私としては、右派時代のころの彼がテレ朝を批判する発言をしていたことは一体何だったと思わざるを得ません。

例えば、つくる会の教科書の採択に関わっていたころの小林は、『戦争論2』や『SAPIO』の新ゴー宣(11巻に収録)でニュースステーションを厳しく批判していました。

新ゴー宣12巻では、ニュースステーションが放送した旧日本軍の元兵士のインタビューの信憑性を批判した回がありましたし、その回で小林は「ニュースステションベン」なる駄洒落を言っていたこともありました。

そういえば新ゴー宣の作中での小林は、小宮悦子がニュースステーションで「ゴーマニズムが負けました」と発言したことも気に食わなかったようですね。このエピソードは、小林が上杉聡との最初の裁判で敗訴した時に描かれたものでした。

右派時代のころの小林がテレ朝を左翼扱いして嫌っていたであろうことは、新ゴー宣での様々なエピソードから読み取れます。

また、コロナ禍のころの小林は、テレ朝のモーニングショーのことをデマを広めた諸悪の根源であるかのように決めつけて、これでもかと罵倒を繰り返していました。

当時の小林が、モーニングショーや同番組のコメンテータである玉川徹を嘘つき扱いして全否定していたことは、『コロナ論』シリーズやブログ記事で書かれた発言を読めば分かります。

恐怖の伝導師、岡田と玉川の罪は限りなく重い!」(『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』1巻、扶桑社、69ページ)

玉川徹は、自分の正義を一切疑わない偏狭で独善的な性格とヒステリックなほど健康にこだわる健康オタク気質と、理系で京大卒という経歴への過信で、もはや自分が何を言っているのか一切客観視できなくなっていた。」(『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』1巻、69ページ)

この二人(引用者注:岡田晴恵と玉川徹)の狂気が番組を支配し、羽鳥慎一はそれをただ司会するだけ、他の曜日別コメンテーターも玉川にはほとんど異を唱えず迎合するばかりで、テレビの黒歴史に永遠に残る大暴走を続けたのだ。」(『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』1巻、扶桑社、70ページ)

人の命の基盤である経済を崩壊させ、青少年に巨大なトラウマを残したこの番組は、2週間後に」電波停止となるのが倫理というものだ!!」(『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』2巻、扶桑社、50ページ)

玉川徹の増長
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/27022
今朝の「羽鳥慎一モーニングショー」は間違いだらけの意見・情報で最初から最後まで口をあんぐり開けて見ているしかなった。
(中略)
玉川徹はたかがサラリーマンの分際で、どこまでも増長していくが、間違ったことばっかり言っているから、いつか破滅が来るだろう。

岡田晴恵=麻原彰晃、玉川徹=上祐史浩
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/27276
羽鳥モーニングショーはオウム真理教の洗脳ビデオそっくりだな。
(中略)
最近は岡田晴恵が麻原彰晃に、玉川徹が上祐史浩に見える。

呆れたことに最近の小林は、かつては全否定そのものの罵詈雑言をぶつけたモーニングショーや玉川徹に対してさえもおべっかを言う有様となっています。

あとは羽鳥慎一のモーニングショーで、玉川徹氏が思いっきり皇位継承問題を論じてくれるのを待っている。玉川徹氏なら論理的に分かりやすく言えるはずだ。わしは期待している

小林がモーニングショーや玉川にすり寄り始めたのは、諸々の事情でテレ朝の世話になろうとしている背景がやはり絡んでいるのでしょう。要するに小林よしのりとは、テレ朝との付き合いという「世間」や「コネ」には逆らえない人間であるようです。

そうであるならば、かつてのゴー宣で描かれていたような、世間やコネを気にせずに個人の実力で勝負するヒーロー「よしりん」の姿とは、やはりフィクション上の架空の存在でしかなかったのでしょう。

そしてもちろん小林の場合は、「何が何でも愛子天皇実現」の大義や旧宮家養子案への批判のために利用できるならば、あれほど罵倒したモーニングショーや玉川徹へすり寄ることに何もためらいを感じることはないのでしょう。

なぜなら、言論人としての小林は表向きは反権威を気取っているくせに、実際には自分の理論武装のためならば特定の権威におもねる権威主義者の俗物であるからです。

今ごろになってテレ朝や玉川徹にすり寄り始めた小林の体たらくは、彼が権威主義者の俗物であることを証明するものであると同時に、テレ朝という「世間」に媚びてみっともなく生き延びようとする実力不足の半端者であることを証明しているとも言えます。

2026年07月04日 19:54

https://washiblogact3.seesaa.net/article/521021591.html

プロの創作者として堕落した元漫画家

大林わるのりさんからのコメント

おそらく金髪の女帝の意向を受けたものなのでしょうけど、ここ最近の小林ブログは夏祭りを宣伝した内容の記事ばかりが目立っていました。

夏祭り応募締め切りまで、あと1週間!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48350
夏祭りの応募締め切りが、7月2日(木曜)となった。あと1週間だ。ここに集う人々の熱意によって、愛子天皇への道が開ける!

締め切りまであと6日だぞ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48386
人々がかつて経験したことがないエンターティメントを披露しよう!すでに北海道から沖縄までの観客が参加希望してくれている。いつか伝説になる夏祭りを、みんなで作ろうじゃないか!

もはや突っ込むのも野暮ですが、ミニカルト集団の内輪向けのイベントで駄弁り合いやカラオケ大会をしたところで、愛子天皇への道が開けることはあり得ません。

もちろん、小林の下手な歌による変わり映えしないジャイアンリサイタルのことを、「人々がかつて経験したことがないエンターティメント」だの、「いつか伝説になる夏祭り」だのと美化するのはさすがに馬鹿げています。

夏祭りを宣伝するために、日替わりで小林ブログで大仰な煽り文句が書かれていることに対しては、「まるでボージョレ・ヌーボーみたいだな」と言っておきたくなります。

7月11日夏祭りの締め切りまであと3日だ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48452
旧宮家という「家柄」「門地」を貴族あつかいにして、将来は600年も離れた男系で皇統を繋ごうという、日本史上まったく先例のない、恐るべきカルト思想で「皇室と国民の紐帯」を切断しようと企むタワケ国会議員に鉄槌を下したい人々は、7月11日の夏祭りに集結しよう!

愛子天皇、絶対拒否の男系カルトに騙されるな!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48475
そして7月11日の「夏祭り」第二部で、「旧宮家という悪手」をテーマにして、森暢平氏、森由里子氏、島田裕巳氏をゲストに迎えるので、「愛子天皇はあり得ない」「悠仁さままでは揺るがせに出来ない」という妄念を徹底的に論破することになるだろう。
愛子天皇を願う人々は連帯しよう!夏祭り締め切りまであと2日だ。ぜひ応募してくれ!

小林ブログでは、旧宮家養子案を推進する国会議員に鉄槌を下したい人々は夏祭りに来いとシンパたちを煽っています。また、小林は夏祭りでは論客たちを招いて男系天皇派を徹底的に批判すると言っており、「愛子天皇を願う人々は連帯しよう!」とシンパたちを煽っています。

つまり、小林が夏祭りは政治性がないイベントであると説明していたことや、夏祭りの参加者はノンポリが多いと説明していたことは、全くの出まかせであったというわけです。

しかし、現在の小林は頭脳の衰えの影響によって、自分の思いつきを簡単に言葉にしてしまう人となっているため、自分が数日前に言っていたことと矛盾した発言をしても何も違和感を覚えなくなっているのでしょう。

ブログの文中で「夏祭りに集結しよう!」「愛子天皇を願う人々は連帯しよう!」「ぜひ応募してくれ!」と書かれていることからも分かるように、小林はシンパたちを煽る文句をひたすら繰り返しています。

焦って落ち着いて応募しろ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48512
だが応募締め切りがたったあと1日だ!明日なのだ!気が動転してはいけない。落ち着いて大急ぎで焦って申し込むんだ!パソコンで指をくじくんじゃないぞ。落ち着け!焦るんだ!あとで応募しようなんて言ってたら、一日なんてあっという間に経ってしまう。時は金なりだ!「締め切りは明日だぞ~~~~~~~~~!」と、近所を走り回って知らせてもいい。会社や学校で「応募締め切りが明日になりました」と放送するのも大いにアリだろう。一人一人が自分に何ができるか考えてみろ!一人一人が焦りまくって行動に移すんんだ。行動とは応募することだ。他人の手足をとって、パソコンを操作してやれ!焦って落ち着け――――――!

7月1日に書かれたブログ記事「焦って落ち着いて応募しろ!」では、小林は受け狙いのためにひたすらつまらないギャグを書きなぐって、一人で勝手に悦に入っています。

現在の小林は、ギャグ漫画家としての才能はとっくの昔に枯れているのでしょうけど、悲しいことに肝心の本人は、自分のギャグの発想がいかに幼稚で面白味がないものであるかを全く自覚できていないようです。

しかし、小林が受けを狙うために寒いギャグを唱えながら、自分のことをユーモアセンスあふれる人間であるかのように演じていていても、ブログ記事ではシンパたちをひたすら煽る言葉ばかり書かれています。

それにしても、小林がイベントへの応募を煽る言葉ばかりブログで書いていることに対しては、私はどうしてもある種の引っ掛かりを覚えてしまいます。それは、昔のゴー宣道場のイベントと比べてみると、夏祭りは参加者の集まりが悪くなっているのではないかという疑念です。

イベントの動員力が低下することは、小林にとってはファンたちのさらなる離脱を意味していますし、運動団体にとっては人や金が集まらなくなって運動自体が行き詰まることを意味しています。

カラオケ趣味に溺れる元漫画家の小林が、イベントの集客数の低下に焦りを覚えて必死で悪あがきをした結果が、ブログでの一連の煽りの文章につながったのであるならば、実に滑稽で哀れであるとしか言いようがありません。

しかも小林の場合は、イベントの開催にやたらとこだわる金髪の女帝の圧力を受けて、連日のようにブログで宣伝文を書かされていた可能性もあるでしょうから始末に負えません。

300人、突破した!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48550
朗報だ!応募者300人、突破した!イスを増やして、もっと来てもらおう!奇跡が起こる予兆だぞ!!

かつてのゴー宣道場は、1日で応募者数が200人を突破したこともありましたが、現在では応募者数が300人を突破するのにも時間がかかっています。いや、小林による「応募者300人、突破した!」の宣伝は、下手をすれば全くの嘘である可能性も十分あり得ます。

もしかすると小林は、夏祭りの応募者数が少ないことを気にしているせいで、「イスを増やして、もっと来てもらおう!」と言っているのかもしれません。

愛子天皇という国民の願いを実現する奇跡の予兆
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48559
愛子天皇という国民の願いを実現する奇跡の予兆として、来週末、夏祭りが開催される。そして『おぼっちゃまくん』にも、奇跡が起こるだろう。みんなの応援の後押しで。

夏祭りの応募締め切りの7月2日でも、小林はブログに大げさな煽り文句を書くことで必死で虚勢を張っています。

小林自身の没落や体調不良、運動の迷走やイベントの集客力低下など、ありとあらゆる意味で行き詰まりを迎えた状態の中で、小林ブログではなぜか景気のいい言葉ばかりが目立っているようです。

現在の小林が「奇跡の予兆」「奇跡が起こる」とブログに書いているのは、今の行き詰まりを打開するために奇跡が起きて欲しいなぁと思っていることの裏返しなのかもしれません。

没落の果てにありもしない奇跡を必死で願う今の小林の有様は、まさしく「自業自得の転落人生」を象徴していると言えるでしょう。驚きだよ。悲しいことだよ。

2026年07月03日 17:15

https://washiblogact3.seesaa.net/article/518567714.html

 

大林わるのりさんからのコメント

プロの創作者として堕落した元漫画家・小林の最近の仕事を振り返ってみましょう。

漫画ブックの配信は明日の夕方以降になります。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48398
「小林よしのり漫画ブック」の配信は、は明日の夕方以降になります。岸端編集長が忙しすぎて、どうしても間に合わない。明日、合同練習があったら、わし一人でタクシーで行くしかないな。いやだなあ。寂しいなあ。雨が降っていたら、傘さすのつらいなあ。

6月26日のブログ記事「漫画ブックの配信は明日の夕方以降になります。」で小林は、例の漫画ブックの配信は「明日(6月27日)の夕方以降」と言っていましたが、実際に配信されたのは次の日の6月27日ですらなく6月28日になってからでした。

Vol.21「『ゴー宣リバイバル』『角栄生きる「友情は金なり」』」
https://note.com/yoshirin_k/n/n8957b53e07ce?magazine_key=madfc71dde6bf&from=membership-magazine

表向きはプロの漫画家を名乗っておきながら、小林は漫画ブックの締切日さえも守れることができていません。しかしながら、周囲の関係者たちやシンパたちは、プロ失格に等しい仕事を続ける小林をひたすら甘やかし続けています。

漫画ブックの配信の遅れについて小林は批判されて当然ですが、編集長を務める岸端の仕事のやり方にも問題があると批判されても仕方ないでしょう。小林社長は秘書である岸端の育て方を失敗し、自分のために都合のいい癒し系のイエスマンにすることしかできませんでした。

それはそうと、ブログ記事「漫画ブックの配信は明日の夕方以降になります。」でも小林は書き間違いをしています。ブログの冒頭では「「小林よしのり漫画ブック」の配信は、は明日の夕方以降になります」と書かれていますが、この文章をよく読んでみると「~の配信は、は明日の~」となっています。

やはり小林は例の病による頭脳の衰えの影響で、文章を書く作業に支障が出ているようです。私はあえて何度でも言いますが、現在の小林は療養を優先する必要があるでしょう。

「漫画ブック」配信!『角栄生きる』が凄い。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48431
『角栄生きる』の話が凄すぎる。よくこんなもの凄いストーリィを描いたものだ。昨夜、織田裕二のテレビドラマで、車椅子の刑事と自閉症の女性との友情を描いていたが、あの「情」の交流と通じるんじゃないだろうか?
あれをもっと極端にエグくした展開なのかもしれない。田中角栄の時代は「義理人情」と「金権主義」が政治の世界に根を張っていた時代だった。それを極限までカリカチュアしたのが『角栄生きる』なのだ。我ながら斬り口が鋭い。これは葛飾北斎からの伝統だな。

小林は自分の下品で軽薄なギャグ漫画のことを、あたかも深い哲学を持った作品であるかのごとく宣伝して煙に巻きたがる癖があります。

例えば、小林は『おぼっちゃまくん』のことを深い哲学を持った作品のように何度も宣伝していますが、最近ではマイナーな自作の『角栄生きる』についても同じように自画自賛してハッタリで読者たちを騙そうとしています。

『角栄生きる』を自画自賛するために、同作を織田裕二のテレビドラマになぞらえたり、原作者である自分自身を葛飾北斎になぞらえたがる時点で、小林は相変わらずいつもの権威主義者としての俗物っぷりを発揮しています。

もしかすると小林は過去の自作の権利を巡って、出版社と揉めることを恐れたことによって、漫画ブックで配信する作品に『最終フェイス』や『角栄生きる』を選ばざるを得なかったのかもしれません。

もしもそうであるならば、各出版社や編集者たちと良好な関係を築けず、業界で浮いた存在と化してしまった小林らしい「自業自得の転落人生」を証明していると言えます。

しかしそれ以外の背景について考えるならば、小林は石原慎太郎の小説『天才』のベストセラー化などの角栄ブームにあやかろうとして、漫画ブックでの『角栄生きる』の配信を決断した可能性もあるのかもしれません。

何しろ小林は『鬼滅の刃』のブームに便乗して、新作『おぼっちゃまくん』の「茶滅の刃」をスタッフたちに執筆させた人間でもあります。だから、小林が石原慎太郎『天才』のベストセラー化に便乗するために、『角栄生きる』の配信を決めたという可能性は当然あっても不思議ではありません。

しかし、『鬼滅の刃』ブームの数年後に「茶滅の刃」を発表したことの今更感を見ても分かるように、2016年の『天才』ベストセラー化から10年経って、角栄ブームの便乗商法として小林が『角栄生きる』の配信を決意したならば、まさしく今更感を指摘されても仕方がありません。

残念なことに創作者としての小林は、世の中のトレンドを掴みとる能力がすっかり衰えてしまっているようです。

2026年07月04日 17:38

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520040077.html

 

大林わるのりさんからのコメント

小林よしのり漫画ブックVol.22『追悼・美輪明宏』配信!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48583

Vol.22「追悼・美輪明宏」
https://note.com/yoshirin_k/n/n5047382838a3?magazine_key=madfc71dde6bf&from=membership-magazine

美輪明宏氏が死去したことに伴い、7月3日に配信された漫画ブックは「聖人列伝」の美輪氏のエピソードの再録となったようです。

1994年に発表された「聖人列伝」は、シナリオや作画の質は明らかに現在の小林漫画よりは遥かに上であると言えます。

「聖人列伝」の再録によって、現在の小林が創作者として劣化したことが改めて証明されてしまうのは、元ファンとしては「驚きだよ。悲しいことだよ」の感想を呟きたくなります。

しかしながら、小林のエッセイ漫画「聖人列伝」の正体とは、自分より大物の前では怖気づいて媚を売るみっともない小物っぷりの証明であると同時に、偉い人間に会ったことで自らを箔付けしたがる権威主義者の俗物としての証明でもあったと言えます。

ゴー宣ファンをやめて後になってから自分の頭でよく考えてみると、小林という人間の正体を思い知らされてしまい、私はどうしようもなくしらけた気分となってしまいます。

「小林は昔から人間性がクズなままであった上に、現在の堕落のきっかけは過去の時点ですでに用意されていたのだな」という感想が私の心の中に浮かんでしまうのです。

ところで話は変わりますが、最新の漫画ブックでは、ゴー宣リバイバルも『角栄生きる』も『最終フェイス』も掲載されていません。自称「グレードアップ」したはずの漫画ブックでは、新作『おぼっちゃまくん』さえもなぜか休みのままとなっています。

それどころか、小林シンパの「リュウノスケのしもべのネタ人生 ~財務コンサルタント・Python「壁打ちAI」~」によると、最新の漫画ブックではしゃべクリコーナーさえも休みとなっているようです。

しかも、漫画ブックで配信された「聖人列伝」の美輪明宏氏のエピソードは、『よしりん辻説法』6巻からの再録でもあります。

最新の漫画ブックはもはや手抜きによる仕事を隠そうとさえしていませんが、小林を甘やかし続けるシンパたちは、それでも手放しで支持をして金を払い続けるつもりなのでしょうか。

いい加減な仕事をして堕落をし続けても盲目的なシンパたちからひたすら甘やかされたことは、小林が物書きとして駄目になっていく一因になったと言えるでしょう。

2026年07月04日 18:05

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520700604.html

認知症観察日記2026年6月4週目

大林わるのりさんからのコメント

血統よりも世襲が大事だ。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48281

現在の小林は頭脳の働きの衰えのせいで、自分が何を言っているのかもはや理解できていないのでしょう。

しかし、小林はどれだけ思考力が衰えてもなお、愛子さまへの狂信的な個人崇拝の感情を未だに捨てていません。そのせいもあって小林は、旧宮家養子案に賛成する国会議員たちに対して憎しみの感情をぶつけることが目立っています。

例えば、小林は国会議員たちのことを、「この国は「平等」という意識が希薄」と決めつけて憎み、「日本人は天皇制がある限り、国民は「平等」という意識が育たないのかもしれない」と言っています。

それどころか小林は、天皇制廃止を唱えるリベラルな人々のことを、「理は通っている」とまで言う有様となっています。

普段の小林は熱烈な尊皇家を演じていたにも関わらず、国会議員たちへの憎しみのせいで、天皇制廃止を唱える人たちに一抹の理解を示すのは、さすがに自らの思想的なアイデンティティに対する否定もいいところでしょう。

しかし、今の小林は自分が言っていることの意味を理解できていないため、自らの思想的なアイデンティティを壊す発言をすることに対しても何も違和感を感じないようです。

また小林は、「もう今からの天皇は「血統」ではない。「人格」が一番だ」と意味不明な発言をブログに書いています。

そもそも歴代天皇には人格に問題がある人間も存在していたわけですし、「血統」ではなく「人格」で天皇を選ぶのならば、天皇制や皇位継承のあり方に対する意味が根底から否定されてしまいます。

しかも小林は、「「人格」を育てるには、「世襲制」が一番大事で、「血統」は関係ない」ともブログに書いて、意味不明な主張を重ねています。

小林が「世襲制」で人格が育つと本気で言っているのは、まさしく北朝鮮にはびこる金一族への個人崇拝を彷彿とさせるものであり、彼による愛子さまへの個人崇拝の感情が歪んだものであることを証明する発言に他なりません。

確かに小林による愛子さまへの狂信的な個人崇拝の表明は、北朝鮮の人々による金正恩への狂信的な個人崇拝と仕草が実にそっくりです。

小林ブログで書かれている「「人格」を育てるには、「世襲制」が一番大事」という言葉に対しては、別の視点からも突っ込みは可能です。

例えば、小林がこれでもかと嫌って全否定している安倍晋三や麻生太郎も世襲して政治家になったのだから、さぞかし立派な「人格」に育ったはずだろうと皮肉交じりで言い返すこともできるでしょう。

もちろん小林に対しては、そもそも「世襲制」は「血統」ありきで成り立っているではないかという突っ込みもしておきたくなります。「血統」が関係ない「世襲制」は成り立たないという当たり前のことさえも、小林は全く分かっていません。

残念なことに小林は単語の意味さえもろくに理解できずに、知ったかぶりをしながら文章を書いているようです。例えば小林は、「「男系」なんて、タリバンと同じだ。男尊女卑だ」と何の根拠もない定義をしていますが、いつものごとく単なる藁人形論法で言っているだけに過ぎません。

自己流による解釈や定義で単語を使っていることもそうですが、小林は根拠のない思いつきをそのままブログに書いているだけです。

愛子さまへの個人崇拝の気持ちで頭がいっぱいとなっている小林は、ブログの最後の文章で「「男系」を国民の象徴にしてしまっては、国民の敬意や尊敬を集められない!」とまたしても自らの思いつきをそのまま書いています。

「男系」が日本の象徴では国民の敬意や尊敬を集められないという小林理論でものを考えたならば、「男系」である昭和天皇や上皇さまや今上天皇は天皇にふさわしくなかったという発想につながってしまいます。

結局、小林が「男系」が日本の象徴では国民の敬意や尊敬を集められないと言っているのは、何が何でも愛子さまを天皇にしたいという直系カルト思想に基づく個人崇拝と、アイドル的な推し活の感情に基づいた屁理屈を唱えているだけでしかありません。

それにしても、6月21日の小林ブログは意味不明な文章がこれでもかと目立っていますが、筆者である小林が頭脳の衰えによって論理的な思考ができなくなっていることが改めて分かります。

やはり、認知症が進行中の状態にある現在の小林に対しては、「本当に大丈夫なのか」とあらゆる意味で心配をせざるを得ません。

2026年06月22日 01:44

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520765991.html

 

大林わるのりさんからのコメント

愛子天皇より旧宮家系の一般国民で本当にいいのか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48298

小林ブログの書き間違いは、後で訂正される場合とそのまま放置される場合の両方のケースがありますが、このブログ記事の場合では前者のケースであったようです。

ちなみに6月22日のブログ記事「愛子天皇より旧宮家系の一般国民で本当にいいのか?」では、小林は以下のような書き間違いをしていました。

せかっくの「愛子天皇」という史上最高の素材をみすみす逃すのか?

この大問題を7月11日の夏祭りの第二部で、「旧宮家養子案という悪手」として、森暢平氏・島田裕巳氏、森由香里氏に、議論してもらう

本気で愛子天皇を望むなら、終結すべきである!

「せっかく」を「せかっく」と書き間違え、「森由里子氏」を「森由香里氏」と書き間違え、「集結」を「終結」と書き間違えていたことからも分かるように、小林ブログでの誤字はもはや珍しくなくなっています。

ブログで人の名前をよく書き間違えている小林は、高市首相の「こんじょう天皇」発言を果たして非難する資格などあるのでしょうか。

現在の小林が人の名前をよく書き間違えても平然としているのは、他人に対する敬意の気持ちをろくに持とうとせず、自分以外の相手を道具扱いする人間観も影響しているのかもしれません。

例えば、小林が他人を自分の道具扱いしたがる人間であることは、「「愛子天皇」という史上最高の素材」と言っていることからも分かります。小林のこの言葉は愛子さまへの個人崇拝の気持ちを表明したかに見えますが、よく読んでみると、実は皇族に対して非常に失礼な発言をしていることが分かります。

そもそも内親王を「素材」呼ばわりしている時点で、小林の頭の中では、愛子さまでさえも自分にとって利用価値がある道具やアクセサリーのような扱いになっているのかもしれません。

小林による愛子さまに対する個人崇拝や推し活の正体とは、実は愛子さまを「モノ」扱いして崇拝して、自己正当化のために利用することだったのでしょう。

表向きは熱烈な尊皇家で愛子さまを誰よりも尊敬する人間を演じている小林は、頭脳の衰えの影響のせいで自らの本音を隠すことができなくなっているようです。

ちなみに同じ日(6月22日)に書かれた別のブログ記事で、小林は「今日からまた現実との戦いだ」と言っています。

今日からまた現実との戦い
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48295
今日からまた現実との戦いだ。現実は狂った感性の奴らや、狂った国会議員を相手にしなきゃならんから、本来に疲れる。

しかし現在の小林は、あらゆる意味で現実との戦いから逃げ続けている情けない人間です。小林は、自分自身が認知症であるという現実を直視することからまずは始めるべきでしょう。

2026年06月23日 05:50

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520765991.html

※参考画像

f:id:washioblog:20260627030155j:image

https://x.com/alucard55581754/status/2068940827314053483?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A

 

大林わるのりさんからのコメント

明日の合同練習はできるか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48394

「土砂降りの雨の中〰︎で、私は泣いた〰︎♩」と歌うか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48405

我々が愛子天皇を願った証しを残そう!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48429

この間の歌の練習(カラオケ活動)に関する小林ブログでの報告を読んでいると、今の小林は人として惨めな晩年を送っている上に、本人にはその自覚がないことが改めて分かります。

どうやら6月27日(土曜日)の小林とちぇぶは、台風の接近中に子分たちをスタジオへ呼び出して歌の練習を強行していたようです。

小林は本能のコントロールができなくなって、「わしはどうしても歌いたい」という気持ちが優先されている状態なのでしょうけど、それだけではなく、金髪の女帝の命令に何から何まで言いなりになっている状態でもあるのでしょう。

小林ブログで書かれている文章の内容からすると、台風が来ているさなかで小林と幹部たちが歌の練習を強行したのはちぇぶの意向によるものだったようです。おそらく判断力が低下した状態の今の小林は、ちぇぶの強い説得に丸め込まれて逆らえなかったのかもしれませんね。

ならば昼間に練習ができると、チェブリンは言うが、ドラムのともしら氏が新幹線に乗れるか否かである」(6月26日ブログ「明日の合同練習はできるか?」より)

まあ、総合pに従うしかない。彼女がスタジオを予約し、全員のアポを取り、動かしているんだから」(6月27日ブログ「「土砂降りの雨の中〰︎で、私は泣いた〰︎♩」と歌うか?」より)

秘書岸端が漫画ブックの仕事で介護役ができないせいで、金髪の女帝に命令されるがまま小林が雨の中を歩かされたのであるならば、それはある意味で「自業自得の転落人生」を象徴する光景と言えます。

金髪の女帝による小林に対する仕打ちは老人虐待と見られても仕方ありませんが、悲しいことに肝心の小林本人はすっかり洗脳された状態にあって、自分が置かれた状況が全く見えていないようです。

もちろん、金髪の女帝が小林に対して数時間も歌の練習を強要していたことも、老人虐待に近い仕打ちと言えるでしょう。最近の小林は肉体の衰えの影響もあってか、歌の練習で激しい疲労に苦しんでいることがブログの文章からもうかがえます。

練習の段階で、終わったらへとへとで、睡魔がどっと押し寄せる。それは脳溢血の後遺症と年齢のせいもあろうが、体力と集中力が限界を超えるのだ」(6月28日ブログ「我々が愛子天皇を願った証しを残そう!」より)

病人となって肉体が衰えている小林が「音楽活動はスポーツと変わらない体力勝負だ」と言っているのは、彼の体力低下を証明する発言としか読めないため、冗談抜きで笑えません。

何度でも言いますが、本来ならば小林は歌の練習よりも療養を優先するべきです。しかし、判断力が低下した小林は、今の自分が何をするべきであるかが全く分かっていないようです。

小林は療養を軽視している人間であるため、歌の練習のことをリハビリとして正当化するために、「歌いながら、同時に脳を多面的にフル回転している」と言い訳しています。

金髪の女帝に洗脳された小林は、歌の練習を装った老人虐待でさえも「妥協しないチェブリンのスパルタは必要だ」と必死で思い込んでいます。小林による現実の認識が的外れなものとなっているのは、彼が自分の脳内で作り上げた空想へ逃避する人間となっているからでもあります。

以下の発言を見ると、現在の小林が自らの得手勝手な空想に生きる人間となっていることが改めて分かります。

思い出は人生の貴重な財産である。我々が愛子天皇を願った証しを思い出に残そう!そしてもちろん我々の願いは実現する!」(6月28日ブログ「我々が愛子天皇を願った証しを残そう!」より)

どうやら小林は、シンパたちを動員した一連の愛子天皇実現運動のことを、老い先短い自分のための思い出作りのままで終わらせるつもりのようです。

あれほど尊皇を訴えて、日本や皇室を守るためとやたらと強調していた愛子天皇実現運動は、結局は小林とシンパたちの「私的」な思い出作りのためのごっこ遊びとなってしまい、「公のため」へとつながることはなかったようです。

しかも、小林は後から付け加えたように「そしてもちろん我々の願いは実現する!」と言っていますが、彼が脳みその中で非現実的な空想を作り上げてそう思い込んでいるだけです。

では、「我々の願い(愛子天皇)は実現する!」と言っている小林は、2日前の6月26日のブログ「男系固執議員らは、とことん女性皇族を虐待したいらしい」で何と言っていたか振り返ってみましょう。

男系固執議員らは、とことん女性皇族を虐待したいらしい
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48375
狂っているとしか言いようがないが、この異常な「養子案」が、世論調査では、40%の支持があるという。天皇制はもう崩壊が見えてきたな。

小林は旧宮家養子案が世論調査で40%の支持があることに対して、「天皇制はもう崩壊が見えてきたな」と言って絶望しています。

愛子天皇が実現しないことを「天皇制はもう崩壊が見えてきた」と言って嘆いている時点で、小林による「尊皇」の正体とは愛子さまに対する歪んだ推し活でしかないことが改めて分かります。

とはいえ、「天皇制はもう崩壊が見えてきたな」と言って絶望していた人間が、2日後には打って変わって「そしてもちろん我々の願い(愛子天皇)は実現する!」と言って極端にポジディブになっている様子は、精神状態の不安定さが読み取れてしまいます。

小林の精神状態がこうも不安定になっているのは、認知症によって感情のコントロールができなくなっていることが影響しているのでしょう。

しかし、小林は自分が認知症であることを直視したがらない状態であるため、歪んだ思い込みのもとで生きる妄想世界の住人となったまま人生を終えようとしています。

ありとあらゆる病に苦しみながら周りの人たちからネグレクトされているにも関わらず、世界は自分の思い通りに回っているという妄想に溺れながら現実を見ようとしない今の小林の有様は、どう見ても「幸せな結末」と呼べる状態ではありません。

2026年06月29日 14:49

https://washiblogact3.seesaa.net/article/506048096.html

 

大林わるのりさんからのコメント

愛子天皇は結婚できないか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48451

6月29日の小林ブログ「愛子天皇は結婚できないか?」で書かれた文章では、小林は実に馬鹿げた迷言を唱えています。

だが、中曽根弘文や、男系固執国会議員のように、潜在的な「男尊女卑」を抱えたままの者には分からないだろうが、今や一般国民の男性は、「男女平等」の観念を持つ者が、圧倒的多数であり、「草食系」男子の方が多い

わしの知人でも、男は「草食系」がほとんどで、女性に対して優しいし、食事も作るし、むしろ妻に尽くす男の方が多い。そういう男性が愛子さまに惚れたら、例え天皇だろうと、惚れに惚れて、とんでもなく愛し、尽くすだろう。それほど愛子さまは魅力が凄い

例えば小林は、中曽根弘文氏や男系天皇派の国会議員たちのことを「男尊女卑」と決めつけてマウントを取るために、自分の知人の男性は「草食系」で女性に優しい人間が多いと言っています。

しかし、そもそも小林は息を吐くように嘘をつく人間であるため、彼が言っている「草食系」である知人の男性の存在とは、例のごとく読者を騙すためにでっちあげられた存在の可能性があります。つまり、「嘘・大げさ・紛らわしい」を地で行く「ソースは小林よしのり」の典型例です。

あの茅根豪が亭主関白な人間であることや、「三味線」や「ただし」のようにセクハラじみた文章を書く公論サポーターがいることなどを知ると、知人の男性は「草食系」の優しい人間が多いと言っている小林の自慢話は実に胡散臭く聞こえてしまいます。

しかも、愛子さまが将来出会うかもしれない素晴らしい結婚相手のことを、自分の(ありもしない)知人になぞらえて「そういう男性が愛子さまに惚れたら」と言っているとは、小林の厚顔無恥さは私の想像以上であるようです。

また、ブログの中では他にも小林の迷言が見つかっています。

「恋愛」の力は全ての障害を乗り越える!中曽根や男系固執国会議員たちは、大恋愛をしたことがないんだろう。女を男の道具としてしか見てないから、愛子さまに対して、愚劣なことを言っている

小林は愛子さまの将来の結婚に対して、「「恋愛」の力は全ての障害を乗り越える!」と楽観論を言っています。しかし、小林は一方で悠仁さまに対しては、絵解き漫画で「そもそも悠仁さまは無事結婚できるのか?」と脅しに近いプレッシャーをかけていた人間でもあります。

皇族の将来の結婚を巡る小林の発言の内容からも分かりますが、愛子さまと悠仁さまに対する認識の違いはまさしくダブルスタンダードと言っても過言ではありません。

結局、小林は愛子天皇の実現ありきでものを考えている人間であるため、悠仁さまには厳しく愛子さまには甘いという偏った価値観の持ち主となっていることが分かります。

さらに小林が、「中曽根や男系固執国会議員たちは、大恋愛をしたことがないんだろう」と言っているのは、典型的な藁人形論法です。おそらく小林は、脳内に「モテモテの男=大恋愛をした男=だから偉い」という発想があるせいで、こういったおかしな発言を平気でできるのでしょう。

ゴー宣の読者だったことがある人ならばお分かりでしょうが、小林は議論の最中に突然モテモテ自慢を始めて、相手を非モテ扱いしてマウントをとる変な癖がある人です。

しかし、非モテでミソジニーの権化である小林が、中曽根氏や男系天皇派の国会議員たちのことを「大恋愛をしたことがない」だの「女を男の道具としてしか見てない」だのと言っているのは、どう見ても自分自身の欠点に対する投影でしかありません。

藁人形論法による罵倒といい、自分の欠点を投影した形での相手への批判といい、相変わらず小林の文章にはいつもの悪癖が表われています。

天皇陛下と雅子皇后陛下の結びつき、上皇陛下と美智子上皇后陛下の結びつきを見ていれば、普通の夫婦よりも、はるかにその愛情の深さを感じるじゃないか!あのような互いを慈しむ関係を築ける相手が、愛子さまにもきっと現れるだろう。わしは愛子皇太子のうちに、お相手を見たい。

そして小林は、天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下の例を持ち出して、「あのような互いを慈しむ関係を築ける相手が、愛子さまにもきっと現れるだろう」と言っています。

しかし小林は、悠仁さまに対してはこのような台詞は絶対に言おうとせず、むしろプレッシャーをかけるような不敬な発言をしていた人間です。結局、悠仁さまには厳しく愛子さまには甘い小林が、脳内で崇拝している愛子さまの結婚相手のことを根拠もなく期待しているだけに過ぎません。

もしも愛子さまの結婚相手が、小林がこれでもかと憎んでいる旧宮家の関係者だった場合はどうなるのでしょうか。その場合は、小林は旧宮家への憎悪の感情が勝ってしまい、あれほど崇拝していた愛子さまに対しても「可愛さ余って憎さ百倍」の感情へと転じてしまう可能性は十分あり得るでしょう。

6月29日のブログ記事「愛子天皇は結婚できないか?」の文中からは迷言がいくつも見つかっていますが、これらの発言の内容から分かるのは、やはり現在の小林は思考力が衰えているのだということです。

小林ブログが意味不明な内容になり、突っ込みどころ満載の文章が目立つようになっていることに対しては、「やはり小林は大丈夫ではなさそうだ」という感想を抱くと同時に、周囲の人たちは今の小林をなぜ放ったらかしにしているのかという疑問さえも感じてしまいます。

2026年06月30日 08:59

https://washiblogact3.seesaa.net/article/505367775.html

血統よりも世襲が大事だ。

大林わるのりさんからのコメント

血統よりも世襲が大事だ。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48281
憲法を改正して、第一章を天皇にしなければ、天皇制は消滅する。

最近の小林ブログは意味不明な内容が目立ち過ぎているため、下手をすれば見落としてしまいそうな迷言もあります。

そんな中でこのブログ記事を読み返してみたところ、何と小林が「憲法を改正して、第一章を天皇にしなければ、天皇制は消滅する」と大真面目に書いていることが分かりました。

そもそも現在の日本国憲法は第1条から第8条が「第一章 天皇」となっていますが、どうやら小林は憲法で書かれている内容を忘れてしまっているようです。

それにしても日本国憲法で書かれた内容さえも忘れるとは、かつての小林が憲法がどうのと言いながら「立憲的改憲」を目指す運動まで行っていたのは一体何だったのでしょうか。

いやはや、憲法の内容さえも忘れた人間が、国を相手取ってご大層に違憲訴訟をしようとしている上に、立憲主義の意義を訴えているとは実に悪い冗談です。

それどころか、現在の日本国憲法が第一章で天皇について規定していることさえも忘れた状態で、小林が偉そうに尊皇家を気取っているのは実に滑稽な姿にしか見えません。

小林の場合は勉強不足のせいで憲法に無知というよりは、むしろ認知症の進行のせいで物忘れが激しくなっているのだと見るべきでしょう。現在の小林は例の病のせいで言論人としての仕事に支障が出る状態となっているため、やはり何が何でも療養を優先する必要があると言えます。

2026年06月22日 02:16

https://washiblogact3.seesaa.net/article/518057699.html

 

大林わるのりさんからのコメント

今日からまた現実との戦い
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48295
世の中はサッカーの話題一色だが、わしは乗り切れない。「世論は、愛子天皇より、旧宮家養子に賛成」という印象操作する輩が出てきて、ウンザリするからだ。

次は「旧宮家とは一般国民だ」という認識を啓蒙しなければならないのかと思うとウンザリして、厭世観に駆られる。
(中略)
今日からまた現実との戦いだ。現実は狂った感性の奴らや、狂った国会議員を相手にしなきゃならんから、本来に疲れる。

6月22日のブログ記事「今日からまた現実との戦い」で小林は、「次は「旧宮家とは一般国民だ」という認識を啓蒙しなければならないのか」と書いています。しかし今から2年前(2024年ごろ)の小林は、「啓蒙なんか無意味だ」とブログに書いていたことがありました。

啓蒙は無意味だ。歌で皇室論を右脳に届ける新実験を見に来い!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/16441
「啓蒙なんか無意味だ。歌で皇室論を右脳に届ける。」なんて言って、新実験に夢中になっている。

小林は昔から言っていることがコロコロ変わる人ですが、おそらく今の彼は過去の自らの発言を忘れている可能性がありそうです。

また、小林が「世の中はサッカーの話題一色だが、わしは乗り切れない」と言っているのは、サッカーの話題をしている人たちのことを、皇位継承問題に関心がない愚民と見下しているのが隠された本音なのでしょう。

だから小林は、自分の愛子天皇プロパガンダや「旧宮家とは一般国民だ」論を、サッカーに夢中な大衆に「啓蒙」したいと勝手に思い込んでいるのかもしれません。

ちなみに、かつての小林はAKB48に夢中になるあまり、「北朝鮮のへっぽこミサイルに騒いでる場合ではないだろ?」と平気で言っていたことがありました。

「ポスト前田敦子時代のAKB48」
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/43662
北朝鮮のへっぽこミサイルに騒いでる場合ではないだろ?どいつもこいつも平和ボケだよ。AKB48のセンターが誰になるのか、わしがこんなに悩んでるのに

北朝鮮のミサイル問題よりもAKB48にうつつを抜かしていた小林の姿は、どう見てもパンとサーカスにうつつを抜かす大衆そのものでした。アイドルに入れ込んで社会情勢を見ようとしなかった過去がある愚かな小林が、サッカーに夢中な国民のことを愚民扱いする資格などありません。

さらにブログ記事「今日からまた現実との戦い」で小林は、「「世論は、愛子天皇より、旧宮家養子に賛成」という印象操作する輩」と書いていますが、この発言は楊井人文を当てこすったものでしょう。

しかし、笹幸恵のブログで引用された楊井人文の記事を読んでみると分かりますが、楊井は女系天皇を否定するために旧宮家養子が賛成多数であることを強調しているわけではありません。

養子案賛成多数??
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48257

旧宮家養子案 多くの世論調査で賛成が反対を上回る【追記あり】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/cb4333f78dc86d9fcae415b547f04fa2d8868bf0

どうやら小林は、楊井人文が書いた記事の内容を読み取ることができていないようです。今の小林は、愚かな大衆を啓蒙してやろうなどと上から目線で決意する以前に、頭脳の衰えのせいで自分の読解力が落ちていることを心配したらどうでしょうか。

今日からまた現実との戦い」と言っている小林は、物書きや運動家としての行き詰まりや、自らの肉体や頭脳の衰えなどの諸々の現実と今こそ真面目に向かい合うべきです。

2026年06月23日 05:39

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503740359.html

 

大林わるのりさんからのコメント

百地章は天皇より権力に媚びる学者だ。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48351
百地章は天皇より権力に媚びる学者だ。権力は天皇を政治利用することしか考えない。それにお墨付きを与えるのが百地章だ。あんな憲法学者って、よく他の憲法学者たちが許してるな?立憲主義を破っても権力のお役に立つ憲法学者を放置していいのか?これだから憲法に対する人々の認識が広まらない。

わしは天皇と権力が対立したら、天皇につく。天皇は立憲主義を分かっておられる。天皇につけば、同時に立憲主義も守れる。天皇はさすがに「シラス」存在だ。何でも知っておられる。密かに勉強なさっておられるのだろう。天皇より権力に媚びる学者なんか絶対信じない!

現在の小林が旧宮家養子案や百地章を批判するために、わざわざ天皇を持ち出しているのは、天皇の権威を自説の箔付けに利用するための権威主義でしかありません。

小林の脳内では、「天皇は本音では愛子天皇推進だから旧宮家養子案に批判的であり、高市政権とは対立している」という物語が作られています。

要するに小林は、憶測をもとにして天皇の意思を決めつけながら、自らを尊皇家と気取りたがっている卑怯者でしかありません。

自分の憶測をもとに天皇の意思はこうだと語っている不敬な小林は、百地章のことを「天皇より権力に媚びる学者」と決めつけ、「わしは天皇と権力が対立したら、天皇につく」と言っています。

しかし、コロナ禍の時の小林は、当時の政権(安倍内閣や菅内閣)が感染対策よりも経済活動を優先していたことに肯定的でしたし、天皇陛下が感染対策の専門家から意見を聞いていたことを「コロナ脳」扱いしていました。

コロナ禍のころの小林は、天皇のことを「何でも知っておられる。密かに勉強なさっておられるのだろう」と褒めるような真似はしていませんでした。つまり、小林が言っている「わしは天皇と権力が対立したら、天皇につく」の言葉は、コロナ禍のころは全く実践できていませんでした。

現在の小林は、新型コロナや感染対策に関する意見を変えたようには見えていないため、おそらく「天皇はコロナ脳」という不敬な決めつけも本音では未だに捨てていないのでしょう。

小林はあれほど尊皇を演じているくせに、天皇や皇室が自説を補強するための道具として役に立たないと見なしたならば、無視に近い態度を取ることさえも平気でできるご都合主義者であるようです。

自称尊皇家・小林の正体とは、脳内で作られた「わしの理想の天皇」「わしの理想の皇室」「わしの理想の愛子さま」という自分勝手なイメージを勝手に崇拝しているだけの妄想に溺れる権威主義者に過ぎません。

2026年06月26日 04:54

https://washiblogact3.seesaa.net/article/490643690.html

 

大林わるのりさんからのコメント

愛子天皇は結婚できないか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48451

中曽根弘文氏が愛子さまへの皇位継承を「あり得ない」と発言したことは、直系カルト思想に固執する小林にとってはやはり気に食わなかったようです。

特に小林は、中曽根氏が「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」と発言したことに対して激怒しています。

自民党の中曽根弘文が、「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」と脅迫した。これは不敬発言であり、取りようによっては愛子さまに対する侮辱にもなる。さらに「男子を生まないといけないというすごいプレッシャーがある」と脅したのだが、だから「男子でも女子でもいいように」皇室典範を「双系が伝統」と改正すればいいだけじゃないか!そして言っておくが、皇室の方々が、結婚しにくいのは男も女も一緒だ。恐れ多いという観念が働くからだ

しかし、私は小林による中曽根発言の批判に対しては、どうしても「お前が言うな」と反論をしたくなります。例えば小林は、愛子天皇プロパガンダを表明した絵解き漫画の中で、悠仁さまに対してプレッシャーをかける発言をこれでもかと唱えていました。

そもそも悠仁さまは無事結婚できるのか?

悠仁さまと結婚する女性は、どんな誹謗中傷にも反論できず、皇族として著しく自由が制限された一生を送らなければならない

その悠仁さまが結婚して、男子が生まれなければ、皇統は終わり!断絶するのだ!

過去の小林による上記の発言は悠仁さまに対する脅しであり、下手をすれば不敬な発言としても読み取れてしまいます。悠仁さまに対してプレッシャーをかけるような暴言を吐いていた小林には、中曽根発言のことを「愛子さまに対する侮辱」で「脅し」であると批判する資格などありません。

また、小林といえば、愛子さまに対してロリコン的な崇拝の気持ちを露わにするあまり、「男には指一本触れさせたくないし、皇太子になられても結婚して欲しくない」と言っていたことがある人間です。

愛子さまに指一本、触れさせたくない
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/22058
愛子さまがあまりに美しくなられて、もう絶対に皇籍を離脱させたくない、もったいなさ過ぎると思った。そもそも男には指一本触れさせたくないし、皇太子になられても結婚して欲しくないと思った。それじゃ皇統は続かないと言われたって構わない。どうせ今の日本人は劣化しきっているし、愛子さまに釣り合う男なんかいるわけない。

愛子さまをアイドルのように崇めて「皇太子になられても結婚して欲しくない」とまで言っていた小林には、中曽根弘文氏による「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」という発言を批判する資格などありません。

小林は他人を偉そうに批判する前に、過去の自分がいかに無責任なことを言っていたかを再確認した上で反省をするべきでしょう。

2026年06月30日 08:05

https://washiblogact3.seesaa.net/article/505329323.html

根っからの自由人

大林わるのりさんからのコメント

創作の「興奮」が生き甲斐である!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48336

最近の小林は、嘘をついて虚勢を張ることでしかアイデンティティを保てない人間となっているようです。

しかも、小林は誇大妄想に溺れて現実逃避する癖がついており、自分自身が脳内で作り上げた嘘に自ら喜んで騙される情けない人間と化しています。

おそらく嘘つきの小林の脳内では、「わしは熱心に創作活動に励む天才漫画家」という物語が作られており、彼は自ら妄想を信じ込んで気持ち良くなろうと必死になっているのでしょう。

このブログで小林は、年を取った影響で早起きになったことや、認知症の症状である意欲低下で世の中のあらゆる創作物への興味を失ったことに対する言い訳として、創作による「興奮」を文中で何度も強調しています。

今朝は8時まで寝ていたかったのに、早起きしてしまった。その理由は「興奮」である。昨夜完成させたコンテが面白過ぎて、本全体の構成を考え直していると、あまりの凄さと本の意義に、「興奮」してしまって、早く目覚めた途端に、「興奮」が蘇って、もう寝られなかったのだ。これが創作の醍醐味だ。他人が創作した映画・テレビドラマ・本を見ても、これほど「興奮」することはない

しかし、小林は漫画愛が皆無な人間である上に、普段から創作活動をスタッフたちに丸投げしている状態であるため、実際には創作による「興奮」を感じてはいないのでしょう。本当の小林の姿は、創作活動よりもカラオケ趣味の方に「興奮」を感じる堕落した元漫画家でしかありません。

小林がもしも「創作の興奮」を感じていたとすれば、それは「この漫画がヒットすればわしは金儲けができるし、ヒット漫画家を名乗って周囲にマウントを取れる」というよこしまな気持ちが根底にあると見るべきでしょう。

しかし、現在の小林はプロの漫画家として世間から相手にされない存在となり果てている上に、自分の創作に対する厳しい批評を受け入れることさえも嫌がるようになっています。

人がどう思おうと知ったこっちゃない。わしはわしの創作で「興奮」できれば生きる喜びを満喫できるのだ!この本がもし当たらなくてコケたとしても、なんくるない。まず当たらないことはないが!

今の小林が「人がどう思おうと知ったこっちゃない」だの、「この本がもし当たらなくてコケたとしても、なんくるない」だのと言っているのは、自分に対する批判を受け入れようとしない無反省な居直り宣言でしかありません。

それどころか小林は、今の自分が売れない漫画家となった事実を直視しようとせず、「まず当たらないことはないが!」と言って必死で虚勢を張っています。

しかし最新刊の『神功皇后論』が大コケとなった時点で、小林の「まず当たらないことはないが!」という自慢は明らかに現実を無視した真っ赤な嘘であることが分かります。

小林がこのブログで書いている「創作の興奮」に関する内容の正体とは、息を吐くように嘘をついて、ひたすら言い訳を重ねているだけの無様な姿でしかありません。

しかも、小林は自分の脳内で作った誇大妄想に逃避しながら、自らの嘘に喜んで騙されている人間と化しているため、彼がわざわざ「創作の興奮」をブログで強調している様子は、あの小保方晴子が「STAP細胞はありまぁす」と言っていた姿を彷彿とさせてしまいます。

2026年06月25日 06:23

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519889910.html

 

大林わるのりさんからのコメント

今日はリハーサルだ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48339

小林が自らの創作活動をブログで毎日強調して嘘をついているのは、自分がカラオケ趣味に溺れる元漫画家の運動家もどきとなり果てたことを隠すための言い訳としての意味合いもあります。

何しろ小林は取り巻きたちとの歌の練習の当日でさえも、「今日はすでに新作第8章のシナリオをスタート。猛烈に書いたので、疲れた」とブログで嘘の報告をしています。

おそらく小林は、取り巻きとカラオケ活動や食事会を行う日の前ふりのために、自分が創作活動に励んでいるかのごとくいつもブログで言い訳を重ねていた可能性があるでしょう。

小林がブログで見苦しい言い訳を重ねているのは実に浅ましい限りですが、悲しいことに今の彼は、元読者たちから嘘を見破られてもなお幼稚な誤魔化しで人々を欺けると思い込んで必死になっています。

しかも小林の場合は、カラオケ趣味を隠すために創作活動に頑張っていると嘘をついているだけでなく、「自分は仕事熱心な真面目な漫画家」という物語を脳内で作り出して自ら信じ込もうとしています。

小林は自分が作り出した嘘に自ら喜んで騙される人間だからこそ、嘘つきとしてはたちが悪い人間であると言えるでしょう。つまり、小林はただの嘘つきであるだけではなく、今の自分に突きつけられた現実を直視することを嫌がる幼稚な人間でもあります。

それはそうと、現在の小林は金髪の女帝を事実上の裏秘書として扱っており、正式な秘書である岸端は介護担当として扱われていることがこのブログの以下の文から改めて分かります。

みなぼんは龍角散とポカリスエットを頼む。イアモニ(引用ママ)も忘れんように。今日はチェブリンが大忙しで、わしの面倒は見れんそうだ。みなぼんに見てもらえと言われた

ちぇぶがブログで報告しているテレ朝の関係者との打ち合わせの仕事とは、本来ならば秘書の岸端がやるべき仕事です。

夏祭りの募集締切日は7/2(木)正午!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48343
今日は夏祭りの会場で、テレビ朝日さん方と新作グッズ販売の打ち合わせと、夏祭りのリハーサルを行いました。

岸端の実務能力に疑問符があるとはいえ、よしりん企画の正社員ではない金髪の女帝が裏秘書を任されているのは、仕事のあり方としては問題があります。やはり、小林は老いらくの恋と頭脳の衰えの影響で正常な判断ができなくなり、金髪の女帝の言いなりと化しているのでしょう。

脳内で幼稚な嘘を作り上げて自ら喜んで騙されていることや、金髪の女帝に洗脳されて言いなりになっていることもそうですが、今の小林は現実を全く見ようとしない人間と化しています。

周りの人たちが小林のことを本気で気遣っているのならば、「小林先生、目を覚ましてください。現実から逃げては駄目です」と身体を張ってでも諫言をするべきでしょう。

しかし、大隊長まーのような典型的なごますり人間が、判断力が衰えた小林を熱心におだてて現実から目をそむけさせているのは実に罪深いことです。

自分が作り上げた嘘や妄想に自ら騙されて現実が見えなくなった小林が目を覚ますことは、今のままではもはやあり得ないでしょう。

2026年06月25日 06:51

https://washiblogact3.seesaa.net/article/494912188.html

 

大林わるのりさんからのコメント

根っからの自由人
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48347
昨日は夏祭りのリハーサルだった。わしはリハーサルは苦手だ。いきなり本番がいい。

わしは元々、規制やルールを守る性格ではない。細かいルールで縛られると冴えなくなる性分で、いかにルールをはみ出し、破っていくかが創造の醍醐味だと思っている。

規制や規則通りに生きる秀才を横目に、ふざけて人を驚かすのがわしの流儀だ。だがチェブリンは何分何秒まで指定して、時間配分と譜面通りにやれと忠告してくる。

チェブリンは管理統括が役割りだから、仕方がないのだが、自分は食事となったら、わしの真剣な話も、全然聞かずに、食う楽しみに没頭しているんだ。まー大隊長はあんなに真剣に聞いているのに。

まあ、今はチェブリンに従順に従っているが、本番では自分勝手に動き回り、喋り回るから。わしはアドリブの方が冴えるしウケるんだ。最高裁判所でも、アドリブで弁論し、裁判官を惹きつけ、逆転無罪を勝ち取った。わしは根っからの自由人で、みんなを驚かせ、楽しませるのが好きなんだ。
みんなに合わせるのは得意じゃない。

本番でわしのルール無視の自由さに慌てるチェブリンの顔を想像するとワクワクする。みんな夏祭りのLIVE、見に来ーーい!

小林がブログに書いていることは、何から何まで言い訳の連続でしかありません。自らの身勝手なエゴを押し通して周囲に迷惑をかけたり、どこまでも自分に甘い自堕落な人生を送るために、小林は規則やルールを破る生き方を自己正当化しているだけです。

自分のエゴイズムをごり押しするためにルールを破ることを「創造の醍醐味」と言って正当化を図っている時点で、小林にはパブリックマインドが欠片ほども存在していないことが改めて分かります。

しかし、小林は自分のことを「根っからの自由人」と称しているくせに、一方では西部邁が唱える保守思想にかぶれた影響によって、時には自由の行き過ぎの弊害を主張したり、規制・規則・ルールの必要性を説いたりすることも厭わない人間となっています。

小林は他人に厳しく自分に甘い人間である上に、歪んだ選民意識と愚民思想を抱いている妄想家でもあります。だから小林の頭の中では、平凡な周りの人間たちは規制・規則・ルールに従うべきであり、天才であるわしのことは甘やかして好き勝手にやらせろという身勝手な物差しが作られているのでしょう。

小林は脳内にある自らの物差しを使うことによって、現実を自分に都合よく解釈して自己正当化や精神勝利をさんざん繰り返してきた人間でもあります。例えば小林は上杉聡との裁判や山口敬之との裁判でさえも、脳内にある物差しを使って「勝訴した」と都合よく解釈して精神勝利をしているようです。

ゴー宣が売れていたころは、読者たちは小林の異常性に気付くことができずにいとも簡単に騙されていました。恥ずかしい話ですが、ゴー宣ファンだったころの昔の私も、小林が唱えている嘘や妄想的世界観を信じ込んでいました。

現在の小林は、元読者たちから自らの欺瞞を見破られるようになりましたが、それでも言い訳を重ねたり妄想に溺れながら自己正当化や精神勝利を図る生き方を未だにやめていません。

誇大妄想に溺れながらエゴをごり押しする生き方を正当化し続けていた小林が、刹那主義的なエゴイストである金髪の女帝に洗脳されてしまったのは、ある意味で当然の末路だったのかもしれません。

その結果、小林は自分が金髪の女帝に騙されて利用されていることを認められないまま、ブログでラブメッセージをひたすら書きなぐるみっともない人間と化しています。

おそらく金髪の女帝は、小林に対して叱ったり褒めたりを繰り返してたらし込んだ上に、「よしりんバンドは役に立っている」「先生がいないとイベントは盛り上がらない」などと偽りのやりがいを与えて騙して洗脳したのでしょう。

金髪の女帝に操られている小林の体たらくは、ブラック企業が社員をやりがい搾取でこき使うようなやり方に、まんまと騙されてしまったようにしか見えません。

社会経験がなくて世間知らずな小林を洗脳して自分に都合よく利用することは、金髪の女帝にとっては赤子の手をひねるようなものだったのでしょうね。

自分が金髪の女帝に騙されていることを認めたがらないこともそうですが、小林は自己正当化のために言い訳を重ねたせいで現実が全く見えない人間となってしまいました。

2026年06月26日 12:10

https://washiblogact3.seesaa.net/article/500476416.html

 

大林わるのりさんからのコメント

「夏祭り」はノンポリが楽しめなきゃダメだ。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48433
わしの妻やよしりん企画の男性スタッフは、トッキーと岸端以外は基本的にノンポリである。皇室典範改正にも、あまり興味を持っていない。ただわしを信じている。ネットニュースやXの情報など読んでいない。

だが彼らは「夏祭り」には呼ぶと、参加して楽しんでいる。今年も全員、来る。彼らの意見では、「素人の意見など聞きたくない」「お勉強したくないから、よしりんバンドの方が楽しみ」ということだ。これは歯に衣着せぬノンポリの意見だから、勘弁してくれ。

去年は「選挙演説が嫌だった」「よしりんバンドが尻切れトンボみたいにあっという間に終わったのが不満だった」ということだ。

今年の夏祭りはノンポリの参加者が多いだろう。『おぼっちゃまくん』のファンが子ども連れでいっぱい参加する。それを考えて、「夏祭り」の構成を考えているから、関係者はよろしく頼む。

6月28日のブログ記事でも、小林は相変わらず書き間違いをしています。

わしの妻やよしりん企画の男性スタッフは、トッキーと岸端以外は基本的にノンポリである

小林が書いた上記の文章は、岸端もよしりん企画の男性スタッフであるかのように読めてしまうため、文法的に変でしょう。やはり、小林は例の病の進行で頭脳の働きが衰えつつある状態であり、療養を優先するべき身であることが分かります。

それはそうと小林は、よしりん企画のスタッフたちもよしりんバンドを支持していると言い訳じみたブログを書いています。何しろ小林ときたら、時浦・岸端を除くスタッフたちがよしりんバンドを支持しているのは、「基本的にノンポリ」だからという身勝手な屁理屈を言っている有様です。

しかし、ノンポリではない時浦・岸端が社長のカラオケ趣味を盲目的に支持するイエスマンとなっていることに対しては、小林はどのように説明するつもりなのでしょうか。

そもそもノンポリであるスタッフたちは、ワンマン社長である小林に長年追随し続けて逆らえない状態であると同時に、小林ブレーンとして幅を利かせるようになった時浦に配慮せざるを得なくなっているというのが真相なのかもしれません。

ちなみに古株のスタッフである広井とポカQは、小林社長は言論漫画よりもギャグ漫画の制作・発表に専念するべきだと考えていた人たちでもありました。

しかし、肝心の小林は凡庸な絵解き漫画家となり果てて久しいですし、スタッフたちも原稿の執筆を丸投げされる状態に慣れきっています。だから、ノンポリであるスタッフたちは、カラオケ趣味に溺れて創作をサボる小林社長の体たらくに対してはもはや諦めきっているのでしょう。

よしりん企画のワンマン社長である自身の暴走に対して、スタッフたちは批判が許されない状態となっているという事実を全く直視しないまま、自らのカラオケ趣味を正当化するとは、小林のエゴイズムの醜悪さはまさにここに極まれりと言えます。

小林は自分の無責任な行いを正当化するために何かと言い訳を重ねたがる人物ですが、このブログでは他に言い訳じみた文章が書かれています。

今年の夏祭りはノンポリの参加者が多いだろう。『おぼっちゃまくん』のファンが子ども連れでいっぱい参加する。それを考えて、「夏祭り」の構成を考えているから、関係者はよろしく頼む

小林ブログで書かれている「今年の夏祭りはノンポリの参加者が多い」や、「『おぼっちゃまくん』のファンが子ども連れでいっぱい参加する」の文章は、明らかに事実とは異なる真っ赤な嘘であると言えます。

夏祭りの参加者の大半がゴー宣道場の公論サポーターで愛子天皇派の人間となることが確実な時点で、小林が言っている「ノンポリの参加者が多い」は嘘であることが分かります。

それどころか、ゴー宣道場に生長の家の関係者たちが潜り込んでいる事実を踏まえたならば、夏祭りの参加者たちは実は同教団の信者たちが多いのではないかという疑惑も浮上せざるを得ません。

運動団体の内輪向けのイベントと化した夏祭りは、ゴー宣ファンの年配層が子供連れで参加するイベントとなるため、小林が言っている「『おぼっちゃまくん』のファンが子ども連れでいっぱい参加する」の言葉はもちろん嘘であると見ていいでしょう。

いや、下手をすれば、小林が言っている子供連れの参加者とは、実際は生長の家の関係者による子供連れのことを指している可能性も当然あり得ます。新興宗教のひも付きとなった時点で、小林と運動団体の関係者はすでにノンポリではなくなっています。

おそらく小林は、夏祭りで予定されているジャイアンリサイタルにテレ朝の社員「フラワーさん」を協力させてしまったこともあり、テレ朝に対する配慮の気持ちもあって、「夏祭りは政治色はない」「参加者はノンポリだ」と盛んに言い訳をしているのかもしれません。

しかし、夏祭りを『おぼっちゃまくん』とは関係がない政治色が強いイベントにしてしまったことも、テレ朝社員をよしりんバンドに協力させてしまったことも、元はといえば小林の軽はずみな思いつきが原因となっています。

自らの思いつきといい加減なやり方を正当化するために、言い訳に次ぐ言い訳を重ねている小林の姿勢はあまりにも浅はかとしか言いようがありません。

2026年06月29日 00:12

https://washiblogact3.seesaa.net/article/521021591.html

「執着するな」は至言

岡田眞弓(仮名)アパートの大家さんからのコメント

とっととくだらないブログは削除したほうがいいのに。

2026年06月23日 22:36

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

XYZさんからのコメント

漫画打ち切りになって超絶アンチの鷲尾さんもブログを上げなくなった。

無風、ひたすらに無風。これがガチのオワコン。

2026年06月25日 22:24

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

司法書士岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

鷲ヲがちょこちょこブログを書いているのを確認したが、記事そのものは読まない。タイトルだけちょろっと読んだが、もう忘れた。どうでもいい。
もはやカレー以下の存在。

おちゃらけた誹謗中傷を何年も続けていたら復讐の相手である某漫画家と同様の腐臭がする。
相手がその気になって民事か刑事の事件にする前に、形式的なものでいいから謝罪した上でさっさとブログや動画を閉鎖して、生活を優先させたほうがいいに決まっているのだが、まだ続けるようだからどうしようもない。

憎い相手のことなんか忘れたらいい。ただそれだけ。相手が放った言葉ではあるが、「執着するな」は至言。
相手以外にもその取り巻きやファン、果ては私のようなたしなめる人間をも標的にするのだから、もはや被害者ではなくモンスター級の加害者だと私はみなしている。
読んだら腹が立つだけだからな、こいつのブログ。
前は「かわいそうなやつがおかしくなっただけ」みたいなことを書いていた記憶がある。記憶違いかもしれないが、だいたいこれと似たようなことだ。

読むと必ずいやになる。
カンパを募ったのが非常に印象が悪い。自腹を切っている某漫画家やカレーのほうがまだ潔い。
カンパをすべて返金したら大いに見直す。これまで言い過ぎたことを謝るwww

2026年06月26日 21:17

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

アパートの大家岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

読まないことが最大の防御。鉄則ですらあると思うwww🤣

2026年06月26日 21:23

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

食事に気をつけるおじさん岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

やはり今日も軟便。もう少し時間がかかりそう。

カレー・ラーメン・パスタは厳禁。

2026年06月26日 21:26

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

※参考リンク🔗

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2022/04/03/073008

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2022/11/06/085947

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2023/07/02/063302

https://washiblogact3.seesaa.net/article/514090155.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/514298525.html

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/04/22/210618

https://washiblogact3.seesaa.net/article/514460995.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/514652906.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/514723729.html

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/05/05/044346

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2026/05/31/192245

https://washioblog.hatenablog.com/entry/2026/06/20/090527

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520765991.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520811628.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520818043.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520875579.html

https://note.com/saruking/n/n48a7372a66ca

https://ameblo.jp/wasioto-211/entry-12968741135.html

大林わるのりさんからのコメント

小林による論敵への批判とは彼自身の特徴の投影であるため、言っている内容がブーメランとして返ってくるのは実に皮肉なことです。

「旧宮家養子案」は「いるいる詐欺」だ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48311
長年わしが言い続けた「いるいる詐欺」だからだ!ネッシーがいる、ビッグフットがいる、皇族になりたがる男系男子がいる、地球に来ている宇宙人はいる、これらは同列で語られるべき雑誌「ムー」の話題なのである。

これを推進した国会議員の名前は、「トンデモ馬鹿の石碑」に永遠に刻まれるべきだろう。

例えば小林は、旧宮家養子案やこれを支持している人たちのことを「いるいる詐欺」と言っていますが、実際には愛子天皇派である小林こそが「いるいる詐欺」を唱えていた張本人でした。

ゴー宣道場は明仁天皇の生前退位を実現させた功労者となっている、天皇陛下は本音では愛子天皇推進の意思を固めている、愛子さまは祖父や父の言葉や振る舞いを見て帝王学を身につけている、わしは美智子上皇后陛下の献本を宮内庁長官から託されている、……などなど小林が言っている発言こそがどれも「いるいる詐欺」に満ちています。

つまり小林がやっていることとは、普段から憶測で物事を語っている嘘つきが、気に食わない相手のことを「嘘つき」呼ばわりしているだけでしかありません。

おそらく小林は、自分に都合が悪い欠点は相手も持っているはずだという思い込みがあるせいで、自らの特徴を投影した内容の罵倒をしたがる癖があるのかもしれません。

また、小林は男系天皇派の国会議員のことを「「トンデモ馬鹿の石碑」に永遠に刻まれるべき」とまで言っています。

しかし、私に言わせるならば、愛子さまを狂信的に個人崇拝して「愛子天皇が実現すれば日本は何もかも良くなる」と信じ込んでいる小林の発想こそが、典型的なトンデモに当てはまっています。

愛子天皇の実現に固執している小林でさえも、自分の愛子天皇プロパガンダは神がかり的な妄想であり、やっていることは北朝鮮の人々による金正恩への個人崇拝とそっくりで、どう見てもトンデモであると突っ込まれることはよほど都合が悪いのでしょう。

妄想家の小林でさえ、自分の主張や発想は実はトンデモではないかと薄々自覚しているからこそ、男系天皇派のことを「トンデモ」呼ばわりすることによって、必死で後ろめたさを隠そうとしているのかもしれません。

そうであるならば、小林が男系天皇派のことを「トンデモ」呼ばわりしていたのは、自分こそがトンデモであるという欠点を投影していただけに過ぎなかったのでしょう。

血の優越を信じる竹田恒泰に洗脳された国会議員
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48395
しかし泉美木蘭さんのブログを見て驚いた。竹田恒泰は裁判闘争で「明治天皇の玄孫」の名を使って、控訴・上告と繰り返し、三連敗して「差別主義的な人物」と裁判所に認定された奴だったのか!国会議員たちは、こんな「血の優越」を信じる人物に感化されて、旧宮家系男系男子の「養子案」を通したのだ!いかに今の国会議員が劣化した奴らか、はっきりしたな!

このブログで小林は、旧宮家養子案を支持した国会議員たちのことを、竹田恒泰に騙されるほど判断力が鈍った「劣化した奴ら」だと決めつけたがっています。小林が竹田恒泰のことを信用できない人間と決めつけているのは、竹田自身の裁判の記録が根拠となっています。

小林は泉美木蘭のブログ記事を読んで、竹田恒泰を叩く材料が見つかった上に、旧宮家養子案や男系天皇派を叩く材料が見つかったとも思い込んでいるようです。

国会議員には竹田恒泰の差別主義が見えないのか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48388

つまり小林は、竹田恒泰は裁判で敗訴した人間だから信用できない言論人であり、だから国会議員たちは竹田の主張を信じるなと言いたいようです。

小林は竹田に対して「裁判で負けた奴だから信用できない」という決めつけをすることで勝った気でいますが、その論法で考えたならば、山口敬之との裁判で敗訴した小林も言論人としては全く信用できなくなってしまいます。

小林による竹田への批判とは、言論人として皇位継承を巡る互いの主張の是非を論じるのではなく、裁判の勝敗によって相手が信用できるかどうかに論点をすり替えているだけでしかありません。

残念なことに小林は、言論人として論敵と真面目に議論をするつもりがなく、論点とは関係がないレッテル貼りをして勝ち誇ったつもりでいます。いや、小林は自分が敗訴した過去を内心で気にしているせいもあってか、竹田恒泰の過去の裁判の記録を見つけたことは、さぞかし嬉しかったのでしょう。

おそらく小林のことですから、「あの憎い竹田もわしと同じく裁判で負けた過去があるから、これで奴を叩ける材料が見つかった」とでも安直に思い込んだのかもしれません。

結局、小林が竹田に対して「裁判で負けた奴だから信用できない」という決めつけをしていたのは、自分が気にしている特徴を相手に対して投影して罵倒するという「いつもの癖」の表われでしかなかったようです。

2026年06月27日 06:10

https://washiblogact3.seesaa.net/article/499864628.html

 

ごんべさんからのコメント

>岡田眞弓(仮名)
コメントがどんどんしょうもなくなってく。
最後の方は面白くもなんともない個人のおふざけ日記みたいな駄文だ。
また鷲ヲ氏への嫌がらせ目的で時浦が書き込んでるんだろうか。

2026年06月27日 19:27

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

アパートの大家岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

鷲ヲがちょこちょこブログを書いているのを確認したが、こいつのことを書くと、次の日には全部消したくなる。

2026年06月27日 23:58

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

独り暮らしの岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

とある元・人気漫画家のブログは最近さらに痛々しくなっているけれど、病気が進行していると思われるので揶揄するのはもってのほか。
難病を揶揄することは侮辱・名誉棄損という犯罪に加担していることを自覚せねばなるまい。

2026年06月28日 00:00

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

大林わるのりさんからのコメント

ご報告:倉山満公式サイト
https://office-kurayama.co.jp/?p=2110572

倉山満の砦
@kurayama_toride
https://x.com/kurayama_toride/status/2070754933524304272
ご報告
『皇室論』を出版した際に、某団体が「論破祭り」などと、X上で絡んできて大迷惑したことがあり、特に尋常ではない粘着をしてきたのが、アカウント名「男系時間稼ぎは皇室侮辱!女性女系天皇実現へ!」、通称「シンオウチョウ」です。このたび個人名が特定できたので、適切な対応をいたします。
6:23 · 2026年6月27日

小林は犬笛戦術でシンパたちを操って、気に食わない言論人に対してネット上で荒らしを仕組む卑怯な人間です。しかも、純粋まっすぐ君である小林シンパたちがゴー宣を鵜呑みにする狂信者になってしまうと、小林思想を実践するためのテロリストになってしまう危険性もあり得ます。

なぜなら、ゴー宣は単純な善悪二元論に基づいたプロパガンダ漫画である上に、テロを賛美する主張を唱えている過激な作品でもあるからです。それが証拠にゴー宣道場の公論サポーターたちは、小林の意向を受けて「論破祭り」と称するネット上での荒らしを行っていたことがありました。

2023年ごろに『皇室論』を出版した倉山満氏も、小林シンパたちによってX上でこれでもかと絡まれていました。倉山氏は自分にしつこく粘着していた小林シンパ「シンオウチョウ」の個人名を特定し、開示請求をすることを決めたようです。

「シンオウチョウ」に対して倉山氏が「適切な対応」を取ると決めたことについては、私としては「どうぞ思う存分やってください」と言いたくなります。

倉山氏に対して野放図な言論テロを行っていた公論サポーター「シンオウチョウ」は、自らの言葉やしでかしたことが何をもたらしたかについて、社会人らしく責任を負うべきでしょう。

それにしても、公論サポーターたちを使嗾して「論破祭り」なる悪質な犬笛戦術を行っていた小林は、今回の倉山氏の「適切な対応」に対して一体何を思うのでしょうか。

自分が仕組んだ「論破祭り」によって公論サポーターが迷惑行為を繰り返したことに対しては、小林は何かしらの形で説明責任を果たして謝罪をする必要があるでしょう。小林が言論人らしく振る舞いたいのならば、自らの言葉に対して責任を負う必要があります。

一方で、「小林よしのり全宇宙」(旧「ゴー宣DOJO」サイト)のブログで倉山氏への言いがかりを繰り返していた笹幸恵は、今回の倉山氏の「適切な対応」に対して果たして何を思うのでしょうか。

倉山氏の言説をブログでさんざん批判して言論人気取りをしていた笹は、自分たちの陣営の関係者による過ちに対しても、ブログでしっかり触れて欲しいものです。笹も物書きらしく振る舞いたいのならば、やはり自らの言葉に対して責任を負う必要があるでしょう。

自分自身が信奉する「正義」を実現するためならば、気に食わない相手に対するテロや誹謗中傷も許されるという「小林よしのり的」なやり方は今の日本社会では通用しませんし、そのようなやり方は絶対に認めてはなりません。

倉山氏による小林シンパへの「適切な対応」は、「小林よしのり的」なやり方に対する否定として大いに意義があったと言えます。

2026年06月28日 05:40

https://washiblogact3.seesaa.net/article/499185428.html

 

初めましてさんからのコメント

snsのxに投稿しているハンドルネームの岡田眞弓とそれを転載して脚色している人のコメントをずいぶん記録して残していますね。
投稿者を特定する「発信者情報開示請求」として、記録したコメントをIPアドレスの履歴として、投稿内容と投稿日時と相手のアカウントIDもずいぶん記録しましたし、証拠を保存するにしても結構な数を保存したと思います。

snsのxのコメントもすぐに消しているみたいですけど、裁判所を通じた専門的な手続きが必要なときに、このブログに残した数多くのコメントが記録されて証拠になりますしね。

裁判は一線超えたら、どうにも止まらないですよ。

2026年06月28日 11:40

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

すぐにすべてのポストを削除した岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

元・人気漫画家のとあるウォッチャーのポストを読むと大林わるのりと名乗る方のコメントが読める。
それで愚行録ブログはまだ閉鎖していないこともわかる。
愚行録ブログで標的にされている実名の方々が「適切な対応」をする可能性があることを考えれば、削除しておいたほうが後顧の憂いがなくなって精神的にもいいと思うのだが、大きなお世話もいいところなのだろうwww🤪

2026年06月28日 15:39

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

 

歯槽膿漏がひどい岡田眞弓(仮名)さんからのコメント

民事だと確実に敗訴するだろうし、刑事だと侮辱罪(罰金30万円)も確実。

2026年06月28日 18:07

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520914780.html

共依存と指桑罵槐

大林わるのりさんからのコメント

「サナ活」と「皇室廃止」の共通マインド
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47125
その一方、この文面って(偶然なのか、意図してかは不明ですが)「サナ活」の底にあるマインドが、「天皇制・皇室の廃止」そしてその先の「共和制」につながる事の風刺にも捉えられるんです。
(中略)
サナ活的なポピュリズム(直情的な熱狂の煽り、その刹那的な連発による維持)の先にあるのは、国柄・精神性の連続よりも、その時々の権力の最大風力のみがモノを言う共和制の国家像です。

大須賀ブログは小林やゴー宣道場への指桑罵槐という特徴があるため、彼が特定の相手を批判している文章の中身は、実は小林を批判している可能性があるものとして読めます。

狂信的な尊皇主義者である大須賀は、小林のことが「「天皇制・皇室の廃止」そしてその先の「共和制」につながる」思想の持ち主に見えているのかもしれません。

何しろ、小林は愛子さまへの個人崇拝が行き過ぎて歪んだ独占欲を抱き、「天皇制・皇室の廃止」を厭わないような発言をしたこともあります。

愛子さまに指一本、触れさせたくない
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/22058
愛子さまがあまりに美しくなられて、もう絶対に皇籍を離脱させたくない、もったいなさ過ぎると思った。
そもそも男には指一本触れさせたくないし、皇太子になられても結婚して欲しくないと思った。
それじゃ皇統は続かないと言われたって構わない。どうせ今の日本人は劣化しきっているし、愛子さまに釣り合う男なんかいるわけない。
しかも本物の尊皇心なんか持っていないのだから、天皇を戴く資格が日本国民にはない。
こんな美しい女性を天皇陛下として仰ぎ見ながら、一生を終えられるなら、充分な気がする。

上記のブログ記事からも分かるように、小林による愛子さまへの盲目的な個人崇拝とは、ロリコン男が歪んだ性癖によって少女を愛でる時の感情や、ドルオタがアイドルを盲目的に推し活する時の感情と実によく似ています。

小林は自分のシモの欲望や独占欲の延長から、愛子皇太子が誕生してもこのまま独身であり続けて皇統が断絶しても別に構わないと思っている人間なのです。

天皇・皇室を盲目的に信仰する生真面目な尊皇主義者の大須賀は、小林が愛子さまへの歪んだ独占欲に陥って「天皇制・皇室の廃止」さえも黙認していることを知って、おそらくショックを受けたのでしょう。

現在の大須賀が、小林に盲従するシンパたちを見て抱いている感想とは、「お前たちが小林を支持していること(=コバ活)は、『天皇制・皇室の廃止』を支持することと同じなんだぞ」という気持ちなのかもしれません。

ゴー宣シンパたちが本気で尊皇や皇室の存続を願っているのならば、愛子さまへの独占欲をこじらせて皇統の断絶を黙認する小林の言動に対しては怒りを覚えるはずです。

しかし、ゴー宣シンパたちが小林の不敬な言説を何も不快に思わずに受け入れているのは、皇室への敬愛よりも小林への敬愛の方を優先していると見られても仕方がありません。

そうであるならば、大須賀はゴー宣シンパたちに対して、以下のようなことを言いたいのかもしれません。

「「コバ活」の底にあるマインドが、「天皇制・皇室の廃止」そしてその先の「共和制」につながる」

「コバ活的なポピュリズム(直情的な熱狂の煽り、その刹那的な連発による維持)の先にあるのは、国柄・精神性の連続よりも、その時々の権力の最大風力のみがモノを言う」

確かに、大須賀は小林の尊皇が偽物であることに気付いていますし、ゴー宣シンパたちによるコバ活のいかがわしさについても気付くことができています。

しかし、大須賀に問題があるのは、彼が狂信的な天皇主義者でなおかつ愛子さまを盲目的に個人崇拝する直系カルト思想の原理主義者であるということです。

つまり、大須賀は小林やゴー宣道場には違和感を覚えることはできたものの、頭の中に植え付けられた直系カルト思想の洗脳が未だに解けていない人間でもあるのです。

結局、大須賀は典型的な「純粋まっすぐ君」のまま年を取ってしまった可哀想な人間であると言えます。

2026年05月10日 05:02

https://washiblogact3.seesaa.net/article/513970458.html

 

大林わるのりさんからのコメント

ゴー宣連載終了の知らせを受けてからの大須賀は、心の中に「迷い」の感情があるのかもしれません。

ちなみに、4月30日のブログ記事「「サナ活」と「皇室廃止」の共通マインド」から2日後(5月2日)のブログ記事「パーフェクト!東京新聞の社説」では、大須賀はなぜか小林への指桑罵槐を控えています。

パーフェクト!東京新聞の社説
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47174
東京新聞が「皇位継承の安定 「女性・女系」排除せずに」という社説を掲載しました。
(中略)
まずはぜひ記事をご覧になり、社説を拡散して東京新聞を応援しましょう!

大須賀が5月2日に書いたブログは、東京新聞が社説で女性・女系天皇を容認したことを支持したものであり、小林への指桑罵槐は書かれておらず記事の内容は短めになっています。

小林信仰を失った大須賀は、「女性・女系天皇は何が何でも実現するべきだ」という女系天皇カルト思想(直系カルト思想)に洗脳されたまま、歪んだ尊皇心にすがりつきながら自我を保とうと必死になっているようです。

もしも今の大須賀が、皇室や愛子さまを狂信的に個人崇拝する直系カルト思想を失ってしまったならば、彼の人生でかつてないほどのアイデンティティクライシスに陥ってしまうのは不可避でしょう。

信仰対象であった小林やゴー宣に幻滅して今では憎しみさえ抱いていた映像作家O氏は、最近ではゴー宣連載終了の知らせによって、「俺が今まで信じていたものは何だったんだ」という気持ちになっているのかもしれません。

小林やゴー宣という信仰対象を失ったことにより、アイデンティティを保つためにますます直系カルト思想にのめり込んでいく大須賀の姿は人として実に哀れです。

「5/4 みどりの日」と「昭和」
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47214
「みどりの日」という名称は確かに「ふわっとしたもの」であると当時の私も感じていましたが、今にしてみると、日付の由来である昭和天皇ご自身のパーソナリティに根ざしながらも、トータルでの日本の風土・国柄へ、過去・現在・未来にかけて「千代に八千代に」俯瞰しながら思いを馳せる事にとても叶っていた趣旨なのでは?と感じます。
「昭和の日」は、ちょっとピンポイントで単純過ぎる。

小林に命令されてブログを書き続けている大須賀は、記事のテーマを何にしたら良いかについて苦労しているのでしょう。だから、大須賀ブログで特定の対象を批判する場合は、なぜかこじつけのような内容になることも少なくありません。

例えば、狂信的な尊皇主義者として昭和天皇を崇敬している大須賀が、「みどりの日」という名称に好意的なくせに「昭和の日」という名称には批判的であることがそうです。

大須賀がブログ記事で「みどりの日」の名称を褒めて「昭和の日」の名称を批判しているのは、狂信的尊皇、ネトウヨ・右派批判、リベラルへの配慮というゴー宣道場の方針に合わせた内容に見えます。

いや、大須賀ブログの論調である狂信的尊皇主義とリベラルへの配慮という方向性は、谷口雅宣が教祖となってからの生長の家の方針ともなぜか合致しています。

狂信的な尊皇主義や精神論への傾倒や反自民の表明もそうですが、映像作家O氏がブログで唱えている数々の思想はなぜか生長の家の方針に似通っているものばかりとなっています。私の気のせいかもしれませんが。

もしも、大須賀がゴー宣道場の方針に合わせるために無理をしてブログを書いたのならば、彼は記事のネタを探すのに苦労した結果、「昭和の日」批判を題材に選んだ可能性があるでしょう。

徹底して刹那的な「私の慰撫」でしかないネトウヨ観念よりも、「みどり」の方が、未来の日本人に残せる価値は比較にならないほど大きく、深いでしょう。

小林の命令を受けて、ゴー宣道場の方針に合わせるために無理をしてブログ記事を書いているせいで、大須賀はストレスを感じているのでしょう。

だから、「昭和の日」批判を題材にしたブログ記事でも、大須賀は最後の最後で小林に対して指桑罵槐をしています。何しろ大須賀は、小林のことを「徹底して刹那的な「私の慰撫」でしかないネトウヨ観念」の持ち主であると言って批判しています。

右派文化人として愛国ビジネスに励んでいたころも、愛子さまを個人崇拝して皇室ビジネスに励んでいる現在も、小林は「わしは愛国者で英雄だ」という刹那的な「私の慰撫」を満たすことで必死となっています。

ゴー宣の愛読者であり続け、運動団体に参加してボスと深く関わった大須賀は、小林の言動のいかがわしさを嫌と言うほど思い知らされているのでしょう。

歪んだナルシシストでバブリックマインドがない小林への不満を抱き続けた結果、大須賀はいつの間にかボスに対してこっそりと指桑罵槐をする人間になりました。

しかし、ゴー宣連載終了の知らせを受けた後の大須賀は、小林に対してはむしろ指桑罵槐疲れを起こしつつあるのかもしれません。惰性で運動団体の幹部をやっている大須賀は、新しくブログ記事を書くことさえも今では惰性でやっているのでしょう。

2026年05月14日 03:48

https://washiblogact3.seesaa.net/article/513970458.html

 

大林わるのりさんからのコメント

無茶な養子案を「沈黙」で肯定するべからず!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47303
国政へのカムバックの意気込みとして見せてほしいのは、ニコニコ笑って「誰とあいましたー」「ここにいきましたー」という写真ではありません。

ボスへの指桑罵槐を続けている大須賀からすれば、最近の小林はニコニコ笑って「誰とあいましたー」「ここにいきましたー」とやたらとアピールしている人間に見えているようです。

アベプラやNoBorderへの出演や望月衣塑子記者のYouTube番組の出演などもそうですが、確かに最近の小林は著名人と会うことに熱心になっています。

小林のこれらの行動の動機は、ギャラを得ることで自らの生活やよしりん企画を維持するためという意味もあるでしょう。一方で小林は目立ちたがり屋の人間でもあるため、ネット番組や望月氏の動画の出演の動機は、自らの存在を世間へ知らしめるためという意味もあるはずです。

小林にとって『SPA!』を切られるのは原稿料を失うというだけでなく、自らの存在を世間へ知らしめるための貴重な場を失うことをも意味しています。

小林がネット番組への出演や裁判ごっこにご執心となったのは、『SPA!』から追い出された後に自分が存在感を発揮するためでもあります。それは裏を返せば、今の小林は漫画や言論では存在感を発揮できないから、文化人もどきや運動家もどきの手段を使って目立とうとしていることの証明とも言えます。

また、小林は権威主義者の俗物でもあるため、彼が有名人に会いたがっているのは、「権威」を利用して自らを箔付けするためという目的も当然あります。

外部の権威を使って箔付けすることで自らを立派そうに見せているのは、肝心の自分自身が中身が伴わない空っぽの存在であることを知らしめているようなものです。それにしても、大須賀は側近として小林の欠点を実によく観察できています。

これが男系男子固執・養子案の正体だ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47314
さっすが、実物のほうが遥かにぶっちぎりの酷さを全開で撒き散らしています。
(中略)
「卑怯者の逃げ切り」を許さず、いい加減日本最大の因習を国民の側から変えて行きましょう!

ここ最近の大須賀は、小林が『SPA!』から打ち切り宣告を受けた影響なのか、運動に対するやる気がなくなって、ブログ記事の内容が雑になっているかのように見えます。

しかし、ゴー宣道場に参加してから理不尽な仕打ちを受けたせいでストレスが貯まりまくった影響なのか、大須賀はボスに対する不満の気持ちを抑えることができていません。

ブログでボスに指桑罵槐をしている大須賀が、「実物のほうが遥かにぶっちぎりの酷さを全開で撒き散らしています」と言っているのは、まるで小林に対する怒りの気持ちの表明として読み取れてしまいます。

無理もありません。大須賀は、長年に渡って接したボスの人間性の最悪さを思い知らされているのでしょうし、あらゆる場面でやりがい搾取をされたせいで不平不満が貯まっているはずです。

小林がありとあらゆる場面で迷走を繰り返したせいでゴー宣道場自体が行き詰まった上に、彼自身の名刺代わりの作品であるゴー宣さえも劣化を極めた結果、『SPA!』から追放宣告を受けてしまいました。

師匠への信仰心が覚めて指桑罵槐を繰り返すようになった映像作家O氏にとっては、今の小林に対しては「若いころのウブな俺のことを、よくも騙してくれたな」という怒りの気持ちがあっても不思議ではありません。

旧宮家養子案の成立で目標の愛子天皇が不可能になりそうだから、裁判ごっこやジャイアンリサイタル活動で、シンパたちに偽りのやる気を与えて運動団体を延命させるという小林のやり方は実に姑息そのものです。

皇室や愛子さまを本気で崇拝している狂信的尊皇主義者の映像作家O氏からすれば、「あんたがカラオケ活動など余計なことばかりしたせいで、愛子天皇実現の目標は達成不可能になった。どう落とし前をつけるんだ」と小林に対して思っていても不思議ではありません。

『SPA!』からの追放宣告やゴー宣道場の行き詰まりという事実を目の当たりにして、運動家としての姑息な延命策を図っている小林の姿は、大須賀の言葉を借りれば「卑怯者の逃げ切り」とも言えるのかもしれません。

しかし、ゴー宣道場を未だに退会することができず、不平不満を抱えながら小林に仕え続けている映像作家O氏もまた、卑怯者のボスに加担しているもう一人の卑怯者であるとも言えるでしょう。

2026年05月28日 15:05

https://washiblogact3.seesaa.net/article/515099688.html

 

大林わるのりさんからのコメント

夏祭りでのバンドLIVEに向けて
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48266
妻が前夜から茶魔グッズの見せ方を準備しておくようになった。姪のじゅりちゃんが、可愛い可愛いと楽しむからだ。わしが朝食の時間が遅れたら、カップ麺を食うと脅すので、前夜から茶魔グッズをセットしておくようになってしまった。わしは夏祭りが始まる前に、グッズを何セットか買ってしまおうと思っている。

昨日は夏祭りのセットリストを確定させ、曲順に歌って、自分の歌い方を確認する作業をした。ラストに歌う歌は、本来わしが苦手なジャンルなので、わし流に優しさを醸し出す歌い方を試したら、これでいけると確信した。おぼっちゃまくんのエンディングテーマは、もっと高音が自然に出るように練習しなければならない。フラワーさんのエレキギターに負けないように。

最近の小林ブログでは、わざわざ茶魔グッズを置いた上で朝食の写真が掲載されるようになりました。

ブログで茶魔グッズをいつも宣伝していることに対して、わざわざ「姪のじゅりちゃんが、可愛い可愛いと楽しむからだ」と言い訳している時点で、小林のやっていることには人としての小物感がにじみ出ています。

小林が茶魔グッズをブログで見せびらかしているのは、自分をヒット漫画家と人々に宣伝して威張るための行動であり、茶魔に対する漫画愛に基づいてやっているわけではありません。

しかも、小林の虚勢ズムは奥さんも加担することによって成り立っています。なぜなら、小林のための朝食作りも茶魔グッズのセットも奥さんが協力しているからです。

ただし、小林夫人は建前では夫に対して完全に服従しているものの、実際には「コロリころげた木の根っ子」疑惑がある人間です。

それもそのはず、小林の朝食は最近でも療養にふさわしくないメニューが目立っています。今の自分は療養中であるから、医者に見せるために朝食の写真を掲載しているという「設定」は、小林にとってはもはやどうでも良くなったようです。

小林は自身の食生活がめちゃくちゃであることや、奥さんが自分に対して本心では何を考えているかについては全く気付くことができていません。

今もなお、小林が奥さんの「コロリころげた木の根っ子」疑惑に気付くことができていないのは、彼がどこまでも自分中心な価値観と生き方しかできないからです。

他人に対する想像力が欠落している上に、「こんなに偉いわしに周りの人間たちが服従してくれているんだ」という独善的な世界観を脳内で作って生きているせいで、小林は現実が全く見えない人間となっています。

誇大妄想に溺れながら虚勢を張って生きてきた小林は、幼稚な歌手ごっこをしながら自己満足に浸る情けない晩年を迎えてしまいました。

誰よりも音痴な人間の小林が「わし流に優しさを醸し出す歌い方を試したら、これでいけると確信した」と本気で言っている様子は、傍目には滑稽でみっともない姿にしか見えないでしょう。

悲しいことに今の小林は、虚勢を張る生き方のせいでみっともない姿を世間にさらけ出していることには全く気付いていません。

わしは能登上布を着て歌うから。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48165
7月11日の夏祭りで、わしは100万円以上した「能登上布」を着て、わしが作詞作曲した「ネトウヨ音頭」を歌おうと思う。

小林の虚勢ズムといえば、自分のことを金持ちとして世間へアピールしていることもそうです。夏祭りでは100万円以上した「能登上布」を着ると小林がわざわざ言っているのは、彼の悪癖である実際以上の金持ちアピールの典型でしょう。

しかし、小林は自らが宣伝しているほどの金持ちではありませんし、ぷにゅ騒動でも明らかになったように肝心の彼自身はケチな人間です。

今の小林が金持ちアピールをしているのは、『SPA!』でのゴー宣の終了宣告や、ゴー宣道場の行き詰まりなどで、これからは金銭面で追い詰められるであろうことを隠すのが狙いなのかもしれません。

小林の虚勢ズムの正体とは、弱い人間が実際以上に自分自身を強く見せて威張るための仕草であり、自らが追い詰められて敗北者となったことを隠すための強がりでしかありません。

2026年06月24日 03:53

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519950762.html

 

大林わるのりさんからのコメント

締め切りまであと6日だぞ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48386
ラストは愛子さまへの応援歌で締めくくる予定だ。

夏祭りのラストソングは『愛子天皇論』イメージソング
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48397
夏祭り第3部のよしりんバンドLIVEでは、先生の代表作品にまつわる歌謡曲を披露していきます。なぜその曲を選んだのか、歌謡曲と作品についてトークしていきます。

ラストソングは、『愛子天皇論』をイメージした曲です。

2日前の会場でのリハーサルで、スキペンさんは初めてこの曲を先生が歌っているのを聞き、とても驚いていました。「先生の歌い方、すごくいいですね」と。先生が歌うと、違う歌かのように聞こえてしまうようです。

この曲はみんなで一緒に歌いたいです。なぜなら、先生は「歌詞がやばい。これは愛子様を想う歌だ」と、歌い終わった後、大興奮!

まーさんもスキペンさんも改めて歌詞を見て、大絶賛!

沖縄LIVEでは感動のあまり泣いてしまった方がたくさんおりましたが、夏祭りで、またしても、あまりにも感動して誰か泣いてしまうだろう、そう予感します。

ゴー宣道場がやろうとしている夏祭りの内容からも分かるように、現在の小林は幼稚なカラオケ趣味と愛子さまへの推し活に夢中になっています。

何とも呆れた話ですが、小林はどこぞの歌謡曲を「愛子さまへの応援歌」と勝手に思い込み、ジャイアンリサイタルのトリの曲に起用して歌うことを決めたようです。

小林のこの屁理屈は、自分のカラオケ趣味を正当化するために愛子さまや皇室を利用しているようにも見えます。

しかし、現在の小林が思い込みの激しい妄想家になっているという事実を踏まえたならば、彼はどこぞの歌謡曲を「愛子さまを想う歌」であると本気で解釈してしまった可能性もありそうです。

やはり、小林による「尊皇」の本質とは、彼が脳内で作り上げた「わしの理想の天皇」「わしの理想の皇室」「わしの理想の愛子さま」という自分勝手なイメージを一方的に崇拝することでしかないのでしょう。

だからこそ、小林はどこぞの大衆的な歌謡曲のことを「愛子さまへの応援歌」と勝手に思い込むことができるのでしょうし、それを歌おうとしている自分は立派な尊皇家であるという変なナルシシズムに溺れることができているのでしょう。

残念なことに、現在の小林は自らの思い込みと目先の感情で突っ走る傾向が強くなって、自分や周りがすっかり見えなくなった上に、客観的な事実を理解する能力さえも欠落してしまっています。このような人間は、誰がどう見ても「狂気の人」と言っても過言ではありません。

しかも、狂気に陥った小林に対して、周りの取り巻きたちが一切の諫言をしないまま賛同を表明している光景は、まさしくゴー宣道場そのものが集団発狂に陥っているようにも見えてしまいます。

2026年06月27日 11:55

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519472560.html