脱イボナメクジ宣言

小林よしのり読者であった黒歴史を告白する会

ゴー宣DOJOが凋落した原因

大林わるのりさんからのコメント

「新春 女はつらいよ」今日から募集開始!
https://www.gosen-dojo.com/blog/58706/

小林よしのりが「真の女性活躍の時代を目指そうとするゴー宣道場」と言っているのは、悪い冗談でしかありません。

彼が言っていることややっていることは、実際は女性蔑視がにじみ出ているものだからです。

例えば、小林は高市首相に対して属性差別的な罵倒を行っています。

日本初の女性首相が誕生したからには、その挙動が突飛だからと批判するのはやめよう、刺激的で面白いじゃないかという風潮ができてしまった

高市早苗氏が何をやっても批判されずに支持されているのは、「日本初の女性首相」という属性のおかげだと小林は決めつけています。

それでも高支持率を維持しているのだから、女という属性は戦争も辞さずというくらい効果があった

しかも小林は、わざわざ「女という属性」呼ばわりして高市首相を罵倒しています。女性を見下して属性差別をやめようとしない小林には、真の女性活躍の時代を目指す意思があるとは思えません。

また、小林が女性を蔑視する人間であることは、来年(2026年)の1月に開催予定のイベント「新春 女はつらいよ」の内容からも分かります。

小林が「新春 女はつらいよ」の開催を思いついたのは、女性師範に和服コスプレをさせて自分の側に侍らせたいというスケベな気持ちが動機となっています。女性師範の和装を「女性の美を堪能しつつ」と小林が表現しているのは、ある意味ではセクハラ発言とも読めてしまいます。

オタクが可愛いアニメキャラのフィギュアを飾る心理と同じく、小林にとっては和服コスプレの女性師範はコレクションで戦利品の扱いなのでしょう。つまり、小林は女性をモノ扱いする人間であるというわけです。

女性師範を自分のコレクション扱いしている小林には、真の女性活躍の時代を目指す意思があるとは思えません。

女性蔑視をやめない小林が「真の女性活躍の時代を目指そうとするゴー宣道場」と白々しい台詞を言えるのは、愛子天皇の実現を大義としているからです。

どうやら小林は、「愛子天皇実現を支持することは、女性活躍の時代を目指すことにつながる」という意味不明な発想を持っています。

高市首相への属性差別を繰り返しても女性師範をモノ扱いしていても、愛子天皇支持さえ言っていれば女性活躍を支持する正義の人になれるというのが小林のやり方のようです。

「愛子天皇支持を唱えれば正義の人になれるので、何をやっても許される」と考えている小林一派の驕りに対してこそ、「狂っているのではないか?」というツッコミがふさわしいでしょうね。

2025年12月01日 23:51

https://washiblogact3.seesaa.net/article/518860083.html

 

大林わるのりさんからのコメント

女の仮面を被った「男に媚ビット」
https://www.gosen-dojo.com/blog/58760/

高市マンセー馬鹿がいくら襲ってこようと、『戦争論』『台湾論』『天皇論』の作者であり、中国にブラックリスト入りされた小林よしのりは、一歩も引かない

そもそも現在の小林よしのりの主張は、『戦争論』『台湾論』『天皇論』で描かれた内容とは明らかに矛盾しています。

「日本はかつて中国を侵略した」と小林が言っているのは『戦争論』の内容と矛盾していますし、「台湾は中国の一部」という見解を建前上であっても小林が支持するのは『台湾論』の内容と矛盾しています。

また、現在の小林が神武天皇実在論や「万世一系」論を否定しているのは、『天皇論』で描かれた内容とも矛盾しています。自らの変節によって内容さえも否定してしまったスペシャル本を、小林が未だに代表作扱いしているのは実に滑稽です。

世間の一般人たちが思い描いている「右派知識人としての小林よしのり」は、小林本人による暴走と変節によってすでに思想的な自死を遂げています。しかし、小林本人はそのことにまだ気付いていません。

言論人としてはすでに死んだも同然となっている小林は、今もなお逆張り言説をやめることができていません。逆張り言説を過激な口調にして悪目立ちを小林の図るやり方は、最近においても変わっていないようです。

愛子天皇を阻止する男系固執高市早苗ごときは、たかが反逆者に過ぎない。フェミニズムのわしから見れば、女の仮面を被った「男に媚ビット」じゃい!

高市首相への逆張りと属性差別、さらには愛子天皇支持という皇族を利用した推し活が今の小林の言論活動と特徴となっています。

自分が知識人として思想的に事実上死んでいることも、露悪趣味と逆張りというこれまでのやり方はもはや通用しないことも、小林は未だに気付いていません。

ちなみに小林が、「百人斬り」は「日本軍の刀では、刃こぼれして出来ん」と言っているのは、山本七平が言っていたことの受け売りでしょう。

山本は戦時中に粗悪な模造刀を使った個人的な体験から、「日本軍の刀は人を斬ると刃こぼれする」と思い込んでしまいました。山本七平の思い込みから生まれたガセ情報を検証もせずに信じ込んだ小林は、情報源の裏を取ることができていなかったのです。

右派の知識人たちが唱える歴史修正主義の言説を鵜呑みにして小林が描いた『戦争論』シリーズは、やはりトンデモ本だったようですね。皮肉なことに今の小林は、代表作扱いされて名刺代わりとなっている『戦争論』の内容さえも自ら否定してしまいましたが。

2025年12月04日 21:35

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519384958.html

 

大林わるのりさんからのコメント

1月11日(日曜)は普段着でいいから、集まってくれよ。
https://www.gosen-dojo.com/blog/58763/

来年1月11日(日曜)開催「新春 女はつらいよ」は、参加者まで晴れ着や着物で来る必要はない。勘違いされてるようだが、観客はジーパンでも何でも構わん
普段着でOKだから、とにかく集まれ!とにかく楽しもう!明るくやろうという意気込みだけだ

「新春 女はつらいよ」への応募者が少ないことに対し、小林はやきもきしているようです。小林の人気低下やゴー宣DOJOの凋落は、開催を予定しているイベントに参加者が集まらなくなったことでも証明済みです。

今の小林は漫画家としてのヒット作を長い間出せていませんし、言論人としては言葉に力がもはやありません。しかも、コアな小林ファンを集めたゴー宣DOJOからも、数え切れないほどの離脱者を出してしまいました。

ゴー宣DOJOから多くの離脱者を出してしまった責任は、小林とちぇぶにあります。小林とちぇぶによる組織運営のやり方が何よりも問題なのは、団体に君臨するこの2人の独裁と公私混同が正当化されていることです。

小林が自らのお気に入りであるちぇぶにやたらと甘いのは、公私混同の典型と言えるでしょう。

女性師範たちには和服コスプレを強要するけど、ちぇぶには強要しないという小林の方針からも分かります。小林が「チェブラジ」をブログで宣伝しているのも、ちぇぶに対するえこひいきの表われです。

小林が幼稚な案を思いつき、イベント開催(=コアラ企画の利益)を優先するためにちぇぶが実行に移すという形でゴー宣DOJOは運営されているのでしょう。小林が夢中になっている愚かなバンドごっこも、そういう形で決まったのかもしれません。

今のゴー宣DOJOは、小林とちぇぶに異論を言える人はもはや存在していません。しかし、小林とちぇぶの暴走に違和感を感じて静かに去っていった人もおそらくいるはずです。

その結果は、始まったばかりの漫画ブックの大コケや、DOJOで開催予定のイベントに応募者が集まらないといった現実に表われているのでしょう。

小林とちぇぶはイベントへの参加者の少なさを嘆く前に、「ゴー宣DOJOが凋落した原因は自分のせいだ」という事実と向かい合ったらどうですか。

2025年12月04日 23:08

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517753466.html

 

大林わるのりさんからのコメント

横浜LIVEはテンション爆上げでいくぞ!
https://www.gosen-dojo.com/blog/58765/

小林よしのりが言っている「歌とトークでプロの歌手を超える!」なる発言は、自らの実力を無視した虚勢でしかありません。

言うまでもありませんが小林の歌唱力は、過去に自らが宣伝していた歌ウマ自慢とは全く正反対のものです。また、鳥山明の死を嘲笑したことからも分かるように、小林のトーク力は残念な代物でしかないようです。

歌手の真似ごとをして自己満足している小林は、またしてもプロの音楽関係者へのリスペクトを欠いた発言をしました。

わしは最近の歌番組がダンスばっかりで、つまらんでしょーがない。自分で創るのだ。自分でとことん楽しめるエンタメを創る!

「最近の歌番組がダンスばっかりで、つまらん」と小林が感想を持つだけならば、あくまでも個人の自由なので別に構いません。

しかし、よしりんバンドの力でダンスばかりの歌番組を超えることができると小林が言いたいのならば、真面目に仕事をしているプロの音楽関係者たちを馬鹿にしていることになります。

小林が批判しているダンスばかりの歌番組はプロが何かしらの形で関わっていますが、よしりんバンドのイベントはアマチュアの自己満足の産物でしかありません。その歌番組に出演してダンスをしているグループの人たちでさえ、一応プロとしてデビューしているわけです。

プロの音楽関係者ではない小林が、歌番組と向こうを張る音楽のエンタメを作る気でいるのは笑止千万です。小林の本業が漫画家であるならば、「自分でとことん楽しめるエンタメを創る」は漫画の創作活動によって実践するべきでしょう。

ただし、例の漫画ブックで発表された新作『おぼっちゃまくん』が駄作であることから分かるように、今の小林は本業の漫画で「自分でとことん楽しめるエンタメを創る」能力さえも失われてしまいました。

漫画の執筆をスタッフに丸投げし、カラオケ趣味と運動ごっこに溺れて歌手の真似ごとをしている今の小林はプロ失格です。プロの仕事をおざなりにしている小林は、プロの音楽関係者に対するリスペクトさえも失われてしまったのでしょう。

ゴー宣でプロの意義をこれでもかと強調していた小林が、年老いてからプロへのリスペクトを欠いた人間になるとは、ファン時代のころの私は夢にも思っていませんでした。

よしりんバンドに夢中になってプロの意義を忘れた小林に対しては、やはり「プロをなめるな」の忠告が似合っています。

2025年12月05日 00:18

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519385073.html

※参考画像

f:id:washioblog:20251205235521j:image

大林わるのりさんからのコメント

不穏なままで暮れていく世の中で、ひたすら希望を創り出そう
https://www.gosen-dojo.com/blog/58808/

世の中が不穏なままで暮れていく」と小林よしのりが深刻そうに言っていても、「ああ、またいつもの癖が始まったよ」と突っ込むしかありません。

そもそも小林は、世の中が不穏であるかのように作中で煽り、特定の敵を設定して藁人形論法で攻撃する手口をゴー宣で行ってきた人間です。

読者の不安を煽る言論の手口を繰り返してきた小林は昔から狼少年であったと言えるでしょう。

その狼少年・小林は深刻そうに世相を憂う主張をしていますが、彼が言っていることにはある種の違和感を感じてしまいます。それは、「あなたが昔言っていた主張と違うではないか」という違和感です。

例えば、「中国との関係が最悪になり、エンタメは締め出され」と小林は言っています。小林のこの発言は、右派時代のころの反中国的な姿勢とは明らかに矛盾しています。

中国を刺激することでエンタメが締め出されるのは、日本にとっては経済的な損失につながると小林は言いたいのでしょう。日本は経済を守るために中国に配慮するべきだという今の小林の立場は、反米右派の論客として唱えていた経済至上主義批判とも矛盾するものです。

また、「ばら撒き財政で借金大国化が決定し」とも小林は言っています。しかし、小林は新ゴー宣15巻では菊池英博の『増税が日本を破壊する』(ダイヤモンド社)を論拠に、日本は財政危機ではないという主張をしていました。

日本の債務は純債務で見ればEU並なので、借金大国ではないというのが2006年ごろの小林の主張でした。小林が「日本は借金大国」論を唱えてばら撒き財政を批判するのは、かつての主張とは矛盾しています。

さらに、「外国人排斥で人出不足も加速して」とも小林は言っていますが、2016年ごろにブログで移民制限を主張していたこととは矛盾しています。

移民制限は責任ある大人の態度だ
https://yoshinori-kobayashi.com/10555/

一方で小林は、「首相が女になっただけで、政権批判も封じられるし」とも言っています。「首相が女になっただけで」の言葉は「女」という属性を強調する表現であり、どう見ても属性差別です。

ちなみに2か月前(2025年10月16日)の小林は、今とは正反対の主張をしていました。

連立の組み合わせばっかり考えるテレビ報道に飽きた。
https://www.gosen-dojo.com/blog/57950/
玉木があんなにヘタレで小物なら、もう、高市早苗でいい。さっさと政治を始めて欲しい。財政出動と公共事業を外国人排除でやればいいし、公明党がいなくなったんだから、靖国参拝すればいい。

結局のところ小林は、自分が注目を集めるためにわざと極論を言っているだけなのです。世の中に対する不安を煽り、「真実を見抜いているわしは正しい」「巨悪と戦うわしは正義の味方だ」と読者を洗脳するのが小林のやり方でした。

いたずらに読者の不安を煽る狼少年・小林の言論からは、希望が創り出されることはありません。

2025年12月06日 21:32

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519394944.html

 

大林わるのりさんからのコメント

ゴー宣DOJOが来年(2026年)1月に開催しようとしているイベント「新春・女はつらいよ」のポスターのデザインを見ていると、「本当にセンスがないな」という感想が思い浮かんできます。

「女はつらいよ」というタイトルの作品としてポスターを作っているのに、小林を主役とした「小林よしのりはつらいよ」という作品にしか見えません。

ポスターの真ん中に小林が存在し、彼の側に2人の女性師範を配置するのは「小林よしのりが中心」を意味している構図です。出演者の筆頭にも小林よしのりの名前が書かれている時点で、小林が主役扱いになっていることは明らかです。

主な出演者の一覧には、しろくま隊長とチェブリン・モン子の名前もあります。しろくまはちぇぶ派の人間です。小林がしろくまとちぇぶに目をかけているのは、ちぇぶ派をえこひいきしていることを意味しています。

「新春・女はつらいよ」のイベント開催は、女性師範に和服コスプレをさせて自分の側に侍らせたいという小林のスケベ心が動機となっています。

結局、ゴー宣DOJOは小林の独裁と我がままが優先される運動団体であり、女性師範は添え物扱いでしかないのでしょう。ゴー宣DOJOが掲げた「女性の地位向上」という大義は、やはり羊頭狗肉に過ぎなかったようです。

さらに私からすれば、ポスターに映っている小林の表情自体に違和感を感じてしまいます。「今の小林の目つきや顔つきからは、知性が全く伝わって来ない」というのが私の感想です。

90年代の旧ゴー宣から新ゴー宣のころや、2000年代の『わしズム』表紙のころの小林の顔写真と比べると、今の小林は呆けた表情となっています。

ちなみに「女はつらいよ」のポスターのデザインは、映画「男はつらいよ」をパロディ化して作ったのでしょう。

男はつらいよ」をモチーフにしたポスターのデザインは、年配層受けを狙ったものです。今の時代の若い人たちには、「男はつらいよ」に馴染みがある人は(映画マニアでない限り)かなり少ないでしょう。

つまり、現在のゴー宣DOJOは年配層の人たちが多くなっており、若い人たちが新しく入ってこない運動団体となっています。それは小林が発する言葉自体が、昔と違って若い人たちに全く届いていないことの証明にもなります。

衰退期に入った古ぼけた団体は若い人が入ってきませんし、過去の人となった文化人は若い人たちからの支持を得られていません。ゴー宣DOJOは衰退のただ中にある古ぼけた団体であり、小林よしのりもまた文化人としては過去の人でしかありません。

「新春・女はつらいよ」のポスターのデザインを見ていると、小林とゴー宣DOJOはあらゆる意味で残念な存在となってしまったことが改めて分かります。

2025年12月06日 22:50

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519403976.html