脱イボナメクジ宣言

小林よしのり読者であった黒歴史を告白する会

運動のための運動を続けながら飯を食っていくために

大林わるのりさんからのコメント

最後に愛は勝つ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49411
しかし皇統問題は、「愛子さま排除法」まで追い込まれても、男系ネトウヨ側が、あまりに明瞭に間違っているし、世論は80.90%が愛子天皇支持だから、負ける気がしない。皇室典範、再改正に向けて、我々は国民と共に、天皇陛下を支えていくだけだ。「最後に愛は勝つ!」それだけだ。

小林一派が長年に渡って続けてきた愛子天皇実現運動は、改正皇室典範(旧宮家養子案)の成立によって事実上の「詰み」を迎えたと言えます。

今もなおゴー宣道場を延命させようと悪あがきしている小林は、「最期(最後)の戦い」と称して裁判ごっこをしようと目論んでいます。しかし倉持弁護士も小林に対して指摘しているように、例の違憲訴訟は今のままでは門前払いを食らう可能性があるため勝ち目はありません。

「最期(最後)の戦い」をやろうとしていた小林は、勝ち目がない裁判ごっこの宣伝をしたところで運動団体をまとめることは難しいと気付き始めたのかもしれません。

だからこそ最近の小林は、三笠宮家を新たな「敵」に設定して皇族バッシングに手を染めることによって、運動団体に所属するシンパたちをまとめようと目論んだ可能性があるのでしょう。

また、小林が望月衣塑子の動画に出ることや島田裕巳と対談本を出すことでさえも、彼にとっては金を得て飯を食うための意味合いだけでなく、運動ごっこを続けているシンパたちの求心力を維持するための意味合いももちろんあるはずです。

例の違憲訴訟のことを「最期(最後)の戦い」とまで言っていたはずの小林は、どういうわけか今ごろになって唐突に皇室典範の再改正を目指すと言い始めたようです。

もしかすると小林は、例の裁判ごっこが門前払いを食らう可能性を倉持弁護士から具体的に指摘されたため、自分の運動にとっての重大な取り組みを、違憲訴訟から皇室典範の再改正へと変更しようと狙っているのかもしれません。

小林が自分にとっての「最期(最後)の戦い」を例の違憲訴訟から皇室典範の再改正へと変えようとすることは、ゴールポストを動かしてでも運動のための運動を続けようとする姑息な行いに他なりません。

それでも小林は、違憲訴訟を行うためという建前を使ってシンパたちからカンパを募るつもりでいるのでしょう。

しかしながらもしも小林が、裁判ごっこには勝ち目がないと分かった上でカンパを募ろうとするのならば、彼がやろうとしている資金集めは熱心なシンパたちに対する裏切り行為と見られても仕方がありません。

運動のための運動を続けながら飯を食っていくために悪あがきをしている小林にとっては、「最期(最後)の戦い」という大仰な言葉でさえも、その場の都合でどうにでも意味が変わる軽いものでしかなかったようです。

2026年08月22日 00:23

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520765991.html

 

大林わるのりさんからのコメント

やっぱり「神話なんか関係ない」と言い出したネトウヨ。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49390
本日発売のSPA!に掲載されているゴーマニズム宣言『愛子天皇論・神武天皇はアマテラスの女系である』をXで告知したら、ネトウヨがワンサカワンサと湧いてきて、「皇統に神話は関係ない!」だの「神武天皇以降が皇統だ!」だのとわめいています。

予想されたこととはいえ、この低能につける薬はありません。自分らが古事記・日本書紀を原理主義的に使って「神武以来2600年」だの「皇統は一貫して男系」だのと言ってるから、じゃあその古事記・日本書紀ではこうなってますよと返したら「古事記・日本書紀の神話は関係ない!」と言うのです。

どうせ連中は古事記・日本書紀なんか読んでもいないし、天皇は神話からつながっており、だからこそ天皇なのだと言われても、理解できるような脳なんか持ち合わせていません。おそらく連中は「天壌無窮の神勅」を何と読むかわからんでしょう。それどころか、「天照大神」が読めるかどうかも怪しいもんです。どんなに無知だろうが、どんなに矛盾していようが、どんなに破綻していようが、「男系」でさえあればいいというのがネトウヨ・男系カルトなのですから。

このブログで時浦は男系派のネトウヨのことを、皇統に「古事記・日本書紀の神話は関係ない!」と言っていると批判しています。

時浦は男系派のネトウヨに対して、「天皇は神話からつながっており、だからこそ天皇なのだ」とも言って論破した気でいるようです。

しかしながら、かつては小林や時浦こそが「皇統に古事記・日本書紀の神話は関係ない」という立場に立って、古代史や皇位継承に関する持論を唱えていました。なぜなら小林や時浦は、現代的な歴史学の見解を採用して欠史八代説を唱えていた上に、神武天皇の存在さえも否定していたからです。

男系派は古事記・日本書紀の記述を疑わずに間違った歴史観を支持しているけれど、一方で自分たちは実証史学に基づいた客観的な歴史観を支持しているのだというのが、小林一派が唱えていた持論であったはずでした。

ですから、時浦が男系派のネトウヨのことを「古事記・日本書紀なんか読んでもいない」と言って馬鹿にし出すのは、意味不明なマウントを取っているようにしか見えません。

時浦に対しては、「あなたたちは今まで何と言って男系派を批判していたんだ」「あなたは小林一派がこれまで言っていたことを忘れたのか」と突っ込まざるを得ません。

欠史八代説と神武天皇否定説を支持することは、「皇統に古事記・日本書紀の神話は関係ない」と言っているようなものですが、小林や時浦は自分の持論の内容さえもまともに理解できないまま、天皇は天照大神につながる存在と言い出すようになりました。

欠史八代説を採用しながら天皇は天照大神につながる存在だと唱えることのおかしさに気付いたせいなのか、現在の小林と時浦は、自分のいい加減な主張を取り繕うために神武天皇実在説へとシフトしつつあります。

小林の持論をノーチェックで補強するイエスマンであり続けてきた時浦が、男系派のネトウヨのことを「皇統に神話は関係ない!」とわめいていると批判したところで、「お前がそれを言うな」と言い返されても仕方がありません。

また、時浦は男系派のネトウヨのことを、「天壌無窮の神勅」や「天照大神」という単語の漢字さえも読めないだろうと決めつけて批判しています。

しかし、時浦が自分の賢さを見せびらかすために、特定の単語の漢字を読めるかどうかでマウントを取ろうとしたところで、「では小林がブログで漢字の書き間違いをしていることはどう思うのか」と言い返されたならばぐうの音も出ないでしょう。

夏祭りの応募を躊躇するな!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/48147
森揚平氏(引用ママ)は戦闘力が増すばかり、この夏、何を語るか楽しみだ。

高市早苗は今さえ良ければいいという刹那主義である!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49119
泉美木蓮さん(引用ママ)は、2年限定の食料品消費税1%がもたらす災難に関して、ポピュリズム高市早苗を批判する。

時浦は自らが「敵」と認定した相手をヒステリックな言葉で罵倒する前に、まずは自分や周りの人たちがやっていることを客観視して反省する必要があるでしょう。

残念なことに時浦は、「人の振り見て我が振り直せ」という教訓を理解できていないようです。

2026年08月22日 05:37

https://washiblogact3.seesaa.net/article/506458113.html

 

大林わるのりさんからのコメント

ゴー宣道場で幹部扱いされている大須賀は表向きではボスの忠臣を演じていますが、なぜか小林に対してこっそりと指桑罵槐しているとも読み取れるようなブログを書く人でもあります。

そもそも大須賀が「ゴー宣道場」サイト(現・「小林よしのり全宇宙」)にブログをアップするようになったのは、元はと言えばボスである小林の命令によるものであったため、彼としては喜んで記事を書いていたわけではなかったのかもしれません。

神功皇后論〜建国論〜ゴー宣を「一瞬もゆるがせにしてはならない」理由(一次資料つき)
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47050
まもなくGWですが、ちょうど3年前(2023年)のGW終盤、私はちぇぶさん経由でよしりん先生に都内某所へと呼ばれました。私は「いったい何を叱られるんだろう?」と思いつつ、白装束を用意する間もないまま、いつものボサーッとした格好で現地へと向かいました。そこでよしりん先生の口から発せられたのは!「You、ブログ書いちゃいなよ」…そこから(色々略)今に至ります。

ボスの命令で嫌々ブログを書き続けていた不満が蓄積したせいなのか、最近の大須賀は昔に比べると記事をアップするペースが落ちてしまったかのように見えます。

「小林よしのり全宇宙」サイトでの過去の大須賀ブログの本数を調べると、2023年7月には35本の記事がアップされ、24年7月には30本の記事がアップされ、25年7月には35本の記事がアップされています。

https://yoshinori-kobayashi.com/blog?author=oosuga&date=2023-07

https://yoshinori-kobayashi.com/blog?author=oosuga&date=2024-07

https://yoshinori-kobayashi.com/blog?author=oosuga&date=2025-07

しかし、26年7月ごろの大須賀が「小林よしのり全宇宙」サイトにブログをアップした数は11本となっており、明らかに過去の年に比べると記事の激減は誤魔化せなくなっています。

https://yoshinori-kobayashi.com/blog?author=oosuga&date=2026-07

どうやら大須賀は、「小林よしのり全宇宙」サイトにブログをアップすることに対してやる気を失っており、仕方なしに惰性で記事を書いているかのように見えます

もちろん大須賀は小林信仰など実際にはとっくの昔に消え失せているため、最近ではゴー宣道場の活動に対しても本心では興味を失いつつあるのかもしれません。大須賀が小林や運動団体に対して幻滅してしまったことの要因は、おそらく過去の様々な積み重ねが影響しているのでしょう。

小林によって何度もやりがい搾取をさせられたことや、幼稚なよしりんバンドへの参加を強要させられたことや、ファンサイト管理人派であった自分が金髪の女帝に屈してしまったことや、ボスの無責任な思いつきを補強するためのブログ記事をたびたび執筆させられたことなど、大須賀が小林や運動団体に失望する理由となったであろう要因は探せばいくらでもあります。

それだけではなく、ゴー宣が『SPA!』編集部から打ち切り宣告を受けたことや、改正皇室典範の成立で愛子天皇実現運動が事実上の「詰み」を迎えてしまったことも、大須賀が運動に対してやる気をなくすことにつながっているのかもしれません。

そして何よりも、なりふり構わなくなった小林が三笠宮家に対してバッシングを開始したことは、皇室を大真面目に崇拝する大須賀をさらに失望させてしまったであろうことは想像に難くありません。

最近の大須賀がアップしたブログ記事をよく調べてみると、彼はちぇぶや時浦と違って三笠宮家バッシングにはまだ手を出していないようです。

天皇や愛子さまを神格化して個人崇拝し、皇室そのものを盲目的に崇拝する原理主義的な尊皇家である大須賀にとっては、三笠宮家バッシングに手を染めることはさすがに自分の良心が許さないのでしょう。

しかし、全体主義的な運動団体で幹部扱いされている大須賀は、自分のボスである小林が三笠宮家をバッシングしていることに対して異を唱えるブログを書くことは未だにできていません。

ゴー宣道場の幹部である大須賀が、独裁者・小林の三笠宮家バッシングを表立って批判することができていない時点で、彼が持っている熱烈な尊皇心の正体とやらは、所詮は自分の歪んだ「正義」に酔うためのまがい物でしかないのでしょう。

しかしながら、大須賀は本心では今の自分に対して苦悩しているのかもしれませんし、もちろん偏った運動団体に所属していることに対しても本音では心の底から後悔しているのかもしれません。

それもそのはず、8月22日の大須賀は実に意味深な言葉をブログのタイトルにしています。

好かれることを目的にしたら、取るべき決断が取れなくな〝った〟
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49462

このブログで大須賀は、高市首相がXでサッチャーの「好かれることを目的にしたら、取るべき決断が取れなくなる」という言葉を引用したことに対して難癖をつけています。大須賀が書いたブログ記事はいつもの通りありふれた高市批判となっているため、特に見るべき内容はありません。

しかし、大須賀がサッチャーの名言をもじって、ブログ記事のタイトルで「好かれることを目的にしたら、取るべき決断が取れなくな〝った〟」と書いたことは、ある意味で彼の本心をそのまま言い表わしているかのように見えます。

独裁者小林に好かれることを目的にして様々な理不尽な命令に従い続けていたら、偏った運動団体から逃げ出すという取るべき決断が取れなくなってしまったというのが、今の大須賀の本音なのかもしれません。

2026年08月23日 00:21

https://washiblogact3.seesaa.net/article/520705587.html

 

大林わるのりさんからのコメント

「ネトウヨ音頭」と、「愛子さまトーク」と、島田裕巳氏との対談
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/49505

8月23日の小林ブログに書かれた駄文からは、「今のわしは、イエスマンたちや自分の意見を手放しで肯定してくれる人間しか相手にしたくない」というみっともない本音が読み取れてしまいます。

例えば小林が、朝食のメニューに和ナビィから貰った桃が出されたと紹介しているのは、「今のわしは忠臣に支持されているんだぞ」と宣伝をすることで、自分の権力を見せびらかしてマウントを取ることが狙いのように見えます。

表向きは熱心なゴー宣信者である和ナビィが、実は元ファンサイト管理人と親しい関係であるという事実は、小林は全く知らないわけではないでしょう。

和ナビィがプレゼントしてくれた桃をブログで紹介する小林からは、以下のような心の悲鳴が聞こえてきそうです。

「和ナビィはわしに桃をプレゼントしてくれた。だからあいつはゴー宣信者をやめていないし、わしのことをまだ裏切っていないんだ。破門された元ファンサイト管理人よ、お前と仲がいい和ナビィはまだわしの忠臣なんだぞ。忠臣に慕われるわしの権力の偉大さを思い知れ、どうだ参ったか」

今の小林がイエスマンだけを相手にして満足したがる情けない人間となっているのは、彼が大隊長まーの動画を毎日見ることが習慣化していることからも分かります。

小林が「良識あるメンバー」と褒めているまー、キソイ、まいこは、ゴー宣狂信者で典型的なまでのボスのイエスマンとなっています。まー、キソイ、まいこがいっぱしの論客を気取ろうとしたところで、小林にとって都合が悪い情報も紹介した上で客観的な分析をしてくれることは絶対にありません。

大隊長まーは自分の願望で物事を都合よく解釈して何かと精神勝利したがる人間であるため、政治情勢を客観的に分析することができずにたびたび予測を外し続けています。小林がまーの動画を情報源として重宝することは、言論人としての仕事には百害あって一利なしと言っても過言ではありません。

しかし小林にとっては、大隊長まーが的外れな分析をして予測を外し続けていることなど全く気にならないようです。

今の小林は、イエスマンの話を聞いて精神勝利することを欲する人間となっているため、自分に都合の悪い情報も聞いた上で現実を真面目に直視することを嫌がるようになっています。

下手をすると今の小林は、自分の願望に基づいて物事を曲解して作り上げた世界観や、脳内で生み出された嘘に基づいて組み立てた世界観のことを「現実」と信じ込む妄想狂になっていると見るべきなのかもしれません。

なぜなら小林は小保方晴子と同じく、自分が作り上げた嘘に自らが騙されて現実が見えなくなるという変な癖の持ち主であるからです。

例えば小林は、「わしの知人」が動画「愛子天皇への道」でネトウヨ音頭を聞いてウキウキしているという怪しい体験談を紹介しています。

小林がブログで紹介している「わしの知人」とは、彼がゴー宣の作中に登場させたタクシー運転手や元愛人の女性と同じく、読者を騙すためにでっち上げた架空の人物の可能性があるでしょう。

ただし、もしも小林が言う「わしの知人」が本当に存在していたならば、それは彼を一切批判しないイエスマンのことを意味しているに過ぎません。

小林がネトウヨ音頭を賛美するために、本当に存在しているかどうか怪しい「わしの知人」の言葉をブログで紹介したのは、今の自分を支持してくれる人間がまだ身近にいるんだぞとアピールすることが狙いなのでしょう。

小林が身近にいる人間やイエスマンたちだけでなく、架空の知人さえもでっち上げて自らを支持する声を熱心に宣伝しているのは、彼が孤独に耐えられない弱虫であることの証明でもあります。残念なことに小林は、「一人でいて淋しくない人間になれ」という頭山満の言葉を全く実践できていません。

しかしながら、社会的影響力が低下した小林を未だに手放しで支持しているのは、彼がボスとして君臨する小王国に所属しているシンパたちしかいません。

蛸壺集団のボスとなった小林は、イエスマンの意見だけを聞いて仲間たちに伝わる言葉しか言えない人間となったせいで、ますます蛸壺集団の中に閉じこもっていくという悪循環へと陥っています。

9月に予定しているイベントが「愛子天皇への道」の公開生放送で、小林が金髪の女帝や大隊長まーと一緒に話す内容となっているのは、一般人に広く言葉を伝える努力を放棄して小王国の住民だけを相手とすることを決めたようなものです。

そもそも金髪の女帝や大隊長まーは小林界隈だけで存在感を発揮している人間に過ぎないため、実社会で論客としてまともに通用する実力は持っていません。

9月のイベントで小林の話し相手となる人間が、イエスマンの金髪の女帝とまーになるのならば、公論形成とは程遠い内輪受けを狙った駄弁りで終わるであろうことは目に見えています。

小林がイエスマンたちの意見しか聞かなくなって蛸壺集団の中に閉じこもり続けるならば、ますます一般社会から乖離した非常識な人間となっていくであろうことは避けられないでしょう。

しかし、小林が小王国のボスとなって非現実的な空想を信じ込む非常識人と化したとしても、一方で、外部からの「権威」によって自らを箔付けして屁理屈を正当化したがる権威主義者としての性格は未だに直っていません。

小林の脳内では「わしの基準だけが正しい」という独善に基づいた思いと、「わしの正しさを認めてくれる『権威』が欲しい」という権威主義の思いがそれぞれ存在しています。

どうやら今の小林は、自分が信奉する直系カルト思想をもっともらしく補強してくれる知識人であるならば、オウムの元御用文化人の島田裕巳であっても「権威」として崇めてすり寄ろうとしています。

もちろん小林にとっては、世間が「権威」と認めた知識人からチヤホヤされることは、自分自身の承認欲求を満たすことにつながるので嬉しいという気持ちも当然あるでしょう。

例えば新ゴー宣の最初の章で小林が、旧ゴー宣時代に罵倒していた西部邁と握手することができたのは、大物の学者が自分をチヤホヤして承認欲求を満たしてくれたからというのが何よりの理由となっている可能性があります。

新ゴー宣が始まってからの小林が西部に感化されるようになったのは、不仲となりつつあった左派の人たちと喧嘩をするための理論武装に役に立つからというのも理由としてあったはずでしょう。

そして言うまでもありませんが、イエスマンとして小林の屁理屈をもっともらしく補強していた人間といえば、彼の身近にいるブレーンがそうであったと言えます。

ボスにひたすら追随するだけの無能な時浦だけでなく、実務能力はあるが思想的には偏向していた金森もそうですが、現在の小林を言論人として暴走させて堕落させた背景には、ブレーン担当の人間の仕事も影響していたと言わざるを得ません。

イエスマンたちや自分の意見を手放しで肯定してくれる人間しか相手にしたくないという小林の我がままな性格は、もしかするとずっと昔からの傾向であったのでしょう。

とはいえゴー宣が売れていたころの小林は、身近にいるブレーン(秘書金森)の有能な仕事ぶりや、交友関係があった知識人たちの知的レベルのそれなりの高さで何かとフォローされていたおかげもあってか、自分自身の言論人としての資質の無さを誤魔化すことができていました。

イエスマンたちだけの意見しか聞かずに小王国の中に閉じこもることを選んだ現在の小林の堕落の兆候とは、実はゴー宣が売れていた過去の時代にすでに用意されていたのかもしれません。

そうであるならば、今の小林の惨めな堕落の体たらくは、やはり「自業自得の転落人生」と言い表わした方がふさわしいでしょう。

2026年08月24日 06:22

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519267404.html