大林わるのりさんからのコメント
princess AIKO TALK(第897回)皇室損壊罪を適用せよ!
https://aiko-sama.com/archives/70540
>竹田恒泰は、明確に皇室を滅ぼそうとしています。「国旗損壊罪」がどうだとか言ってますが、こも\の(引用ママ)「宮さま詐欺師」に「皇室損壊罪」を適用した方がいいんでないでしょうか。
【愛子さまトーク】第897回 皇室損壊罪を適用せよ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46923
>立法事実(法律制定の前提)がないと話題になった「国旗損壊罪」になぞらえて、「皇室損壊罪」を提唱します。皇室を現在進行で損壊している竹田恒泰を「告発」します!
何と驚くべきことに、小林シンパの大隊長まーは「皇室損壊罪」を作れと提唱しているようです。大隊長まーが言っている「皇室損壊罪」なるものとは、戦前戦中の日本に存在していた不敬罪のようなものでしょう。
もしも仮に我が国で「皇室損壊罪」が作られたならば、何が「皇室損壊」に該当するかの基準は極めて曖昧なものとならざるを得ません。だから、近未来の日本で何かの間違いで独裁者が誕生したならば、政府が「皇室損壊罪」を恣意的な解釈で運用して政治弾圧のために利用する危険性が出てしまいます。
つまり、大隊長まーが「皇室損壊罪」を作れと言っているのは、適用の解釈が曖昧で政府が政治弾圧のためにいつでも悪用できる法律を作れと言っているようなものです。
「皇室損壊罪」を提唱する大隊長まーに対しては、こいつの政治音痴もとうとうここまで来たかと驚き呆れざるを得ません。大隊長まーが「皇室損壊罪」を提唱しているのは、彼が自分のことを本物の尊皇主義者で絶対の正義と何も疑わずに信じているからでもあります。
ゴー宣道場という歪んだイデオロギー集団に所属し、構成員として自分自身が信じる「正義」を欠片ほども疑わない大隊長まーの独善性は、まさしくカルト宗教の信者の体質とそっくりです。
大隊長まーは、かつての小林がゴー宣でさんざん指摘していた「純粋まっすぐ君」そのものであると言えます。「純粋まっすぐ君」の危うさをあれほど批判していた小林が、大隊長まーのような危険な「純粋まっすぐ君」を弟子として育ててしまったのは実に皮肉なものです。
そもそも大隊長まーが信奉する「尊皇」や「正義」の中身とは、何から何まで小林よしのりの思想をコピーしたものでしかありません。大隊長まーは、愛子さまを狂信的に個人崇拝する直系カルト(女系天皇カルト)のイデオロギーのことを、「尊皇」で「正義」であると本気で信じている人間です。
要するに、愛子さま崇拝や直系カルトの思想を絶対の正義として法律で定め、それに反するものは政治弾圧しろというのが、大隊長まーが唱える「皇室損壊罪」の正体なのでしょう。
もしも小林一派が望んでいるように、日本中のあらゆる人たちが愛子天皇に対して狂信的な個人崇拝をしている上に、異論を唱える人間には「皇室損壊罪」が適用される国ができてしまったならば、間違いなく日本は全体主義の暗黒社会となってしまいます。
やはり、小林一派は全体主義を好む危険な人たちであることが改めて分かります。
私が何度も言っているように、小林一派による愛子さまへの個人崇拝は北朝鮮での金一族に対する個人崇拝とそっくりであり、「愛子天皇実現」を望む小林一派は日本を北朝鮮のような国に変えたい人たちであると断言してもいいでしょう。
「皇室損壊罪」を作れと本気で提唱している大隊長まーの発想に異常性に対しては、私は心の底から戦慄を覚えてしまいます。
そして何よりも、大隊長まーと似たような発想の人たちを門下生として抱え込んでいるゴー宣道場は、社会の常識から乖離したカルト的な異常者集団であると断言せざるを得ません。
2026年04月21日 03:25
https://washiblogact3.seesaa.net/article/520417497.html
大林わるのりさんからのコメント
今週末・土曜日に「朗読会」をする!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46934
>わしとチェブリンで、今週末、25日(土曜日)の午後7時から、皇統問題の「朗読会」を開催する。義江明子の「『女帝の古代王権史』をテキストに、朗読して、解説する。わしが言っていることは、男系固執派のように、決して居酒屋談義でもなければ、自説を放言しているわけでもない。「双系主義」は根拠のない戯言ではない。学問の研究成果であることを人々に知ってもらわねばなりません。
(中略)
>男系固執・ネトウヨ国会議員への挑戦状です。
土曜日の朗読会について
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46977
>土曜日の朗読会は、たらたら本をよむだけで、時間を費やすのじゃない。最も肝心な部分だけを、チェブリンに読ませて、わしが解説する。根源的馬鹿で、勉強する気の全くない自堕落な国会議員に、絶望しつつも分からせたいからやるのだ。
>トッキーに生中継してもらう。ネットで見た視聴者は、あとで切り抜き動画を作って、国会議員に送りつけてくれ。学問的根拠のある言説と、まったく根拠のない自説・放言は違うのだということを分からせてやろう!
小林が土曜日(4月25日)に朗読会をやろうとしているのは、彼が男系天皇派と決めつけた国会議員たちに喧嘩を売って、一方的に論破宣言をすることが目的のようです。
今まで推し進めてきた愛子天皇実現運動がとん挫しそうになっている影響もあってか、現在の小林は国会議員に対して憎しみをぶつける人間となっています。
小林が国会議員たちへの罵倒を繰り返すようになったのは、例の病のせいで感情のコントロールができなくなった影響ももちろんあるでしょう。最近の小林が門下生たちを使嗾して例の動画拡散作戦を行っていたのは、国会議員たちを説得するためではなく罵倒して憂さ晴らしをすることが目的でした。
今回もまた、小林は朗読会の切り抜き動画を門下生に作らせて、国会議員たちに拡散する作戦を目論んでいるようです。小林が仕掛けた犬笛作戦に踊らされて、やりがい搾取までさせられるシンパたちが気の毒です。
とはいえ、小林が仕組んだ『愛子天皇論3』寄贈運動もそうですが、門下生たちを鉄砲玉として暴走させて国会議員たちに迷惑をかけることは、ロビー活動にとってはマイナスの効果をもたらすだけで終わりです。
自分たちがミニカルト集団と国会議員たちに認定されて、ますます相手にされなくなることのリスクについては小林は考えが及ばないのでしょう。
もともと小林は長期的な戦略を考えることが下手な人でしたが、病のせいで頭脳が衰えた現在では目先の感情で動く傾向が前にもまして強くなりました。現在の小林の言っていることややっていることのおかしさからは、彼の頭脳の衰えが背景にあるという可能性をどうしても無視できません。
例えば小林は学者が書いた本の朗読会を行うことによって、「男系固執派のように、決して居酒屋談義でもなければ、自説を放言しているわけでもない」と必死で弁解しています。
しかし、本の内容を朗読したところで、肝心の小林による解説は居酒屋談義や自説の放言になってしまうことは不可避です。
なぜなら小林の場合は、「女系天皇の実現は正しい」という結論ありきの考えで歴史を解釈している人間である上に、古代社会に関しては母系制と双系制の区別さえもつかないほどの無知な人間でもあるからです。
そして何よりも今の小林は、自分のことを「学者も気づいていない史実に気がついてしまった」と平気で言っている人間でもあります。
1300年、歪められていた歴史を正す。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46921
>学者も気づいていない史実に気がついてしまったのだが、誰にも分からないんだろうか?
小林のように、自分は「学者も気づいていない史実に気がついてしまった」と勘違いしている人間こそが、居酒屋談義や自説の放言をして喜ぶタイプに当てはまっています。
さらに、現在の小林の頭脳が衰えていることは、朗読会では「最も肝心な部分だけを、チェブリンに読ませて、わしが解説する」と言っていることからも明らかです。
漢字の読み書きの能力が落ちてしまった小林は、本の朗読会での肝心な部分の朗読さえも側近に丸投げさせようとしています。しかし、ちぇぶはあらゆる意味で国語力に問題がある人間であることを踏まえたならば、彼女が朗読会を無難にこなせるかどうかは今のところは未知数です。
もしかすると小林は、今の自分は漢字の読み書きができないという疑惑を隠すために朗読会をやろうと決めたものの、結局、自らの一連の疑惑がバレることを恐れて、本の肝心な部分の朗読をちぇぶに丸投げさせることを決意したのかもしれません。
仮にそうであるならば、小林はやることなすことがどこか抜けていてダサいと言わざるを得ません。
例の病の影響で言論活動に支障が出るようになった小林は、言論人の真似ごとはもうやめて療養を優先するべきです。現在の小林は、愚かな動画拡散作戦や朗読会ごっこをやっている場合ではありません。
2026年04月23日 03:51
https://washiblogact3.seesaa.net/article/505774757.html
大林わるのりさんからのコメント
日本の皇室を、漫画を終わらせない!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47012
ゴー宣の連載終了に対するシンパたちの反応を見ていると、やはり現在のゴー宣道場は一種のミニカルトと化していると言わざるを得ません。
時浦ブログで紹介されている公論サポーター「勝つ」の文章は、小林やゴー宣への盲目的な信仰告白をこれでもかと表明しています。
例えば、「勝つ」は小林のことを『SPA!』の「看板漫画家」と思い込んでおり、ゴー宣の打ち切りを「SPAの自殺行為」とまで言っています。
どうやら「勝つ」は、現在の小林やゴー宣はもはや『SPA!』の看板ではないという事実を全く分かっていないようです。雑誌の連載陣の中では読者に不人気なお荷物で、単行本を出しても売れないロートル作家が切られただけという事実さえも、小林シンパの「勝つ」は理解できていません。
また、「勝つ」はゴー宣の連載終了は「戦後日本の最大級の危機」であり、「漫画という戦後日本の文化を牽引してきたジャンルの危機」でもあるとまで言い切っています。
「勝つ」は盲目的な小林信仰のせいで、ゴー宣に対してはこれ以上ないほどの過大評価に陥っています。偏ったプロパガンダを垂れ流す絵解き漫画となっていたゴー宣は、日本の漫画文化の発展に貢献した作品とは言えません。
いや、むしろ、ゴー宣は日本の漫画史や言論・思想史に汚点を残した作品と言っても過言ではありません。なぜならゴー宣は、間違った言説を唱え続けて読者を騙し、世論をミスリードして社会を混乱させた言論漫画となってしまったからです。
「勝つ」による小林への評価が間違っていることは、「先生が漫画をはじめとするエンタメ文化の状況について相当深刻な危機感を抱いておられる」と言っていることもそうです。
そもそも、小林は自己愛はあるものの漫画愛がない人間であるため、他の漫画家や世間のヒット作を妬んで悪口を言うことで憂さ晴らしをしているだけです。鳥山明の死を嘲笑するという愚かな失言によって、小林は漫画愛が皆無で人間性も醜悪であることを世間の人たちは思い知りました。
さらに、「勝つ」が小林と愛子さまの両方を狂信的に個人崇拝していることは、典型的なまでのゴー宣信者の思考法そのものであり、世間の一般人の価値観とは明らかにずれています。
「勝つ」が書いている以下の文章は、一般人からすれば何が言いたいのか理解不能な内容となっています。
「「天の岩戸」に閉じ込められているのは愛子様だけではない、漫画をはじめとする日本の文化もです。だったら、われわれがアメノウズメとなって踊り狂い、タジカラヲノミコトとなって岩戸を全力でこじ開けなければならない」
「勝つ」が「「天の岩戸」に閉じ込められているのは愛子様だけではない」と書いているのは、愛子天皇実現は何が何でも正しいという小林の言説に洗脳されていることの証明です。
「漫画をはじめとする日本の文化」も「「天の岩戸」に閉じ込められている」と「勝つ」が言っているのは、ゴー宣の連載打ち切りを戦後日本の漫画文化の危機と思い込んだ影響によるものでしょう。
言うまでもありませんが、愛子天皇実現は絶対に正しいという思い込みも、ゴー宣連載終了は漫画文化の危機という思い込みも、現実を全く理解できていない小林信者が脳内で生み出した妄想でしかありません。
また、「勝つ」が「われわれがアメノウズメとなって踊り狂い」と言っているのは、おそらく小林のジャイアンリサイタルを美化するための言い回しなのでしょう。
小林がジャイアンリサイタルを開催して、シンパたちがそれに参加すれば社会を変えることができると本気で思い込んでいるならば、「勝つ」の発想は明らかに正気の沙汰ではありません。
「勝つ」は他にも意味不明な文章を書いています。
「でもその暁には、愛子様が近代初の女性天皇としてわが国をシラシ、漫画も復活を遂げて、日本の子どもたちにとって明るい未来を、再び取り戻せるのではないでしょうか」
どうやら「勝つ」は、愛子天皇が誕生すれば日本が明るい未来を取り戻し、漫画文化も奇跡の復活を遂げると思い込んでいるようです。愛子天皇が誕生すれば日本はひとりでに何もかも良くなるという「勝つ」の発想は、非現実的な神がかりを信じ込む妄想でしかありません。
「勝つ」による小林への信仰告白の表明と現実への無理解を見ていると、現在のゴー宣道場に残っている公論サポーターの質はいかなるものであるかが思い知らされてしまいます。
現実を全く理解できない狂信者の巣窟となったゴー宣道場は、異常者が集う一種のミニカルトと化してしまったと言わざるを得ません。
2026年04月28日 06:23
https://washiblogact3.seesaa.net/article/520424067.html
大林わるのりさんからのコメント
馬鹿不敬首相が進める新身分制度は絶対に阻止せぬばならない!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47148
5月1日に小林が書いたブログ記事「馬鹿不敬首相が進める新身分制度は絶対に阻止せぬばならない!」は、実は訂正後のものです。
ちなみにこのブログ記事の訂正前のタイトルは、「天皇陛下の前で「天皇」と呼び捨て……高市早苗ほどの馬鹿不敬首相はいなかった」となっていました。
とはいえ、訂正後のブログの文中にある「せぬばならない」という書き間違いが「せねばならない」に訂正されていない上に、しかも訂正後のタイトル名も「せぬばならない」になっているのは実に滑稽です。
病のせいで頭脳が衰えた小林は、ブログでの書き間違いはもはや珍しくなくなっています。
話を戻しましょう。訂正後の小林ブログで書かれた文章は、以下のようになっています。
>今日中にコンテを完成させたい。
>あの不敬首相だからこそ、旧宮家系の男系男子を皇族の養子にしたがるのだ。
実は、訂正前の小林ブログでは、「今日中にコンテを完成させたい」の後に次のような文書が書かれていました。
「昭和百年式典での高市早苗不敬事件の動画が凄い。高市早苗が天皇陛下の前で、「天皇」「天皇」と何度も呼び捨てにしているのだ!」
「一般人なら知らないだけだろうし、わしのように評論家的客観性で語る場合なら、記号として天皇と語る場合はあるからなんともないが、総理大臣は本来、天皇の臣下である。「陛下」と呼ぶのが常識だろう。」
「「天皇陛下」に、あんな不敬な態度をとったら、昔の右翼なら怒り狂って天誅を下しただろう。」
小林によるこれらの文章の後で、「あんな不敬首相だからこそ、旧宮家系の男系男子を皇族の養子にしたがるのだ。」と書かれていたのが訂正前のブログ記事です。
ブログで訂正後に書かれた「あの不敬首相だからこそ」の言葉は、訂正前は「あんな不敬首相だからこそ」となっていました。
どうやら小林は、SNSで拡散された切り取り動画の内容を鵜呑みにして、高市首相が天皇陛下の前で「天皇」と呼び捨てにしていると思い込んでしまったようです。
しかし小林による批判とは違い、昭和100年式典での高市首相は、昭和天皇について言及する際に「天皇」と言っていたのが現実であったようです。
崩御した天皇に「陛下」の語を付けないのは当然のことですから、小林による一連の罵倒は、高市首相の発言の中身をろくに確かめずにいちゃもんをつけているだけです。
やはり、小林は高市首相が何を言っているかを確かめないまま、SNSで広まった切り取り動画の内容をそのまま信じ込んでしまったのでしょう。
訂正前の小林ブログで書かれた的外れな高市批判は、筆者の小林がネットのデマに簡単に騙される人間であることを世間に知らしめる産物となっただけでした。
そして呆れたことに、小林は自分がデマに騙されていたと気付いた途端に、ブログ記事の内容をこっそりと訂正しています。しかも、訂正後の小林ブログでは、自分が間違った内容を書いたことに対する謝罪は表明されていません。
高市首相を「馬鹿」呼ばわりし、高市支持者に対しても「馬鹿」だの「懺悔しろ」だのと言っている小林は、自分自身がデマを信じ込んで間違った発言をしたことをまずは謝るべきでしょう。
言論人として自らの発言に対して責任を取らないくせに、小林はどの口で「馬鹿」だの「懺悔しろ」だのと言っているのでしょうか。無責任で卑怯な小林に対しては、「恥を知れ」の言葉を言い返すのがふさわしいでしょう。
2026年05月02日 00:20
https://washiblogact3.seesaa.net/article/520558323.html
※参考画像





大林わるのりさんからのコメント
不敬の極み!高市早苗「昭和100年式典」の異常な態度
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47151
実は小林だけではなく、時浦もネット上で広まった切り取り動画に騙されて、高市首相が天皇陛下のことを「天皇」と呼び捨てにしていると思い込んでいたようです。
自分がデマに騙されていたことに気付いた時浦は、現在ではブログ記事で追記の文章を書いています。
>【追記】「天皇と呼び捨て」は、実際には「昭和天皇」と言っている部分の「昭和」をカットした、悪意ある編集であることが判明しました。
>「戦争犠牲者」を「戦争ぎそうしゃ」と読んだことは事実です。
>また、天皇陛下のお言葉が省略された経緯も不明です。
時浦に対しても言えることですが、自分がブログ記事で間違ったことを書いて結果的にデマを広めてしまったならば、読者に対して素直に謝罪するべきでしょう。
しかし、時浦は病的にプライドが高くて何かと周囲を見下しているため、自分の間違いを認めることができない人間となっています。
自分たちが切り取り動画に騙されていたことは全く反省せず、一方で高市首相が「戦争ぎそうしゃ」発言をしたことをやり玉に挙げる時浦の態度は、まさしく「他人に厳しく自分に甘い」の典型であると言えます。
これはあくまでも私の想像ですが、いつものごとくネットで情報収集をしていた時浦は、SNSで拡散されていた切り取り動画をそのまま鵜呑みにしてしまい、そのまま小林にご注進してしまったのかもしれません。
その結果、小林も時浦も、高市首相が天皇陛下の前で「天皇」と呼び捨てにしていると思い込んでブログ記事を書いてしまい、後になってから恥をかくことになりました。
高市首相の発言の中身をよく確かめもせず、SNSでの切り取り動画の内容の裏を取らなかった小林・時浦は、やはりファクトチェックがろくにできない人間であることが改めて分かります。
自分たちの見たいものしか見ようとせず、結論ありきで意見を組み立てて相手を罵る小林・時浦の姿勢は、言論人としては明らかに問題があると言わざるを得ません。
小林や時浦は、己の勝手な「正義」に酔いしれて他人を攻撃する前に、まずは自分が間違っていたならば素直に非を認めて反省するという基本的な姿勢を身につける必要があるでしょう。
2026年05月02日 00:38