脱イボナメクジ宣言

小林よしのり読者であった黒歴史を告白する会

議論と人格攻撃の区別ができていないゴー宣思考

大林わるのりさんからのコメント

DV男に皇室や経済を騙らせるな!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45969
DVなんて犯罪を冒した奴が、皇室を語っても、男尊女卑になるのは当たり前だし、皇室を利用して、自分の罪を軽減させようという魂胆に違いない。
皇室を語る資格がないのは当然だし、経済や社会を語るのも、嘘をついているに違いない。
一切信用してはならないし、口を開けば、叩き潰す準備をしておかねばならない。

DV男に虫唾が走る!三橋貴明に絶対に皇室を語らせるな!!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45977
このブログでは三橋を名指ししてはいないのですが、ここに書かれた性質はまさに「DV男」の典型といえるおぞましいものであり、三橋はそんな性質を持つ「DV男」であることは間違いないと思われます。
そんなDV男が信用できますか?
こんな男に皇室や経済を語らせていいと思いますか!?
もう、言うまでもないでしょう!!

小林よしのりと時浦兼は、三橋貴明がDVで逮捕歴があることをやり玉に挙げてバッシングしています。

三橋貴明はDV男だから皇室や経済に関する言論さえも信用できない、というのが小林や時浦の論法のようです。

確かに三橋による妻へのDVは人としておぞましい所業であり、明らかに犯罪行為です。過去に三橋が妻に対してやったことは、警察に逮捕されても仕方がない行いであると言えるでしょう。

しかし、言論人として議論をしている相手にDVの逮捕歴があることは、皇位継承問題に関する論争や経済に関する論争とは何も関係がありません。

だってそうでしょう。「皇位継承問題は男系天皇による現状維持が正しいか、或いは女性天皇・女系天皇を容認するべきか」を議論していることと、「論敵の人格や生き方は正しいか否か」は何も関係がありません。

もちろん、「経済政策は緊縮財政・消費税増税が正しいか、或いは積極財政・消費税減税が正しいか」を議論していることと、「論敵の人格や生き方は正しいか否か」が何も関係がないことは言うまでもありません。

「三橋貴明はDV男だから言論自体が信用できない」と言っている小林や時浦は、議論と人格攻撃は違うという基本的なことが全く分かっていません。

議論と人格攻撃の区別が全くできていない小林は、明らかに言論人としての資質が欠落しています。

そして、時浦も議論と人格攻撃の区別ができていないようでは、言論人のブレーンとしての能力に問題があると言わざるを得ません。

「議論と人格攻撃は別物である」ということは言論人として踏まえるべき基本的なルールである以前に、そもそもディベートを行う上でも基本的なルールであると言えます。

議論と人格攻撃の区別ができていない小林・時浦は、ディベートの基本的なやり方さえも全く分かっていないようです。

ただし、議論と人格攻撃は別物であることを小林や時浦が理解できていないのは、ある意味で仕方がないのかもしれません。

あえて言うならば、日本人は欧米人と違って「議論と人格攻撃は別物である」という認識を持っている人が少ないという事情もあるでしょう。

そもそも日本では、ヨーロッパ諸国やアメリカと違ってディベートの文化は社会的に深く根付いていません。一方で、学校の授業でディベートのやり方を学び続けてきた欧米人にとっては、「議論と人格攻撃は別物である」というルールは基本的なものとして理解できています。

しかし、ディベート文化が根付いていない日本人には、議論と人格攻撃は別物であることが分かっている人がどうしても少なくなりがちです。日本を代表する討論番組とされている「朝まで生テレビ」でさえ、司会者や出演者たちがやっていることはディベートとは程遠い内容となっています。

言論人となった小林が「朝まで生テレビ」によく出演して「議論とはこうやるのか」と間違った認識を持ってしまったことも、彼がディベートの作法を分かっていない一因なのかもしれません。

ディベート文化が根付かなかったせいで、「議論と人格攻撃は別物である」という基本的なことが理解できなかった日本人は、欧米人と違って完全に近代人にはなり切ることができていませんでした。

「議論と人格攻撃は別物である」という認識を持っている人が少ないことは、日本国や日本人の弱点であるとも言えます。つまり、日本は未だに完全な近代国家ではない国であり、日本人は未だに完全な近代人ではないのです。

話を戻しましょう。

議論と人格攻撃は別物であることを全く分かっていない小林・時浦は、言っていることもやっていることも近代人とは程遠い人間です。

近代人としての価値観もルールも全く身についていない小林・時浦には、男系天皇派を「八つ墓村」「ちょんまげ」呼ばわりして馬鹿にする資格などありません。

小林・時浦は、議論と人格攻撃の区別ができていない自分たちこそが「八つ墓村」「ちょんまげ」の体質であることを自覚して反省するべきでしょう。

2026年03月12日 16:41

https://washiblogact3.seesaa.net/article/510719199.html

 

大林わるのりさんからのコメント

”男系カルト・三橋貴明&茂木誠の動画” 時代との相克を乗り越えようとする皇室と、それを受容する国民を屈服させようとする男系の言論は、まさにDV体質そのもの
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45975
まず唐突に、それまでの話と関係なく皇統=男系という根拠がない前提にすり変えてます。男系の断絶が皇統の断絶だと。

公論サポーター・ともしらによる男系天皇派(三橋貴明・茂木誠)への批判は、まるで小林一派の特徴を投影したかのような内容として読めてしまいます。

そもそも小林一派が唱えている愛子天皇待望論は、唐突に、それまでの話と関係なく「皇統=直系」という根拠がない前提にすり変わった詭弁となっています。また小林一派は、愛子天皇を認めなければ「皇統の断絶」につながると主張して盛んに不安を煽っています。

普通の庶民は「男系」には一切権威を感じておらず、その上で皇室は愛されている、男系の終焉が皇統断絶と思わない、という真理を実は理解しているので「脅し」を使うしかないのでしょう。

小林一派による天皇や愛子さまへの崇敬の気持ちの表明は、北朝鮮を笑えないレベルの狂信的な個人崇拝と化しています。

一方で、戦後民主主義・戦後教育の影響を受けた大多数の一般人たちは、皇室に対してうっすらとした敬愛の気持ちは持っているものの、狂信的な個人崇拝の気持ちは持ち合わせていません。

だから、小林一派は「愛子天皇実現」のプロパガンダを広めるためにも、「このままでは皇室がなくなる」という一種の「脅し」を使って不安を煽るしかないのです。

「愛子天皇を認めないままでいたら、将来は皇室がなくなる。その結果、皇室という最も大切なものを失った日本は、国としてのアイデンティティを失った抜け殻のような国になる」という小林一派の発想は、まさしく終末カルト的な世界観であると言えます。

しかも小林一派は、「とにかく天皇制の維持を最優先にするべきであり、天皇制さえ維持できれば日本という国は後はどうなってもいい」と思い込んでいる節があるようです。

政治をどうするかや、経済をどうするかや、外交や国防をどうするかや、社会保障をどうするかや、地方や農業をどうするかといった日本に関する重大な問題は二の次で、「とにかく天皇制さえ維持できればそれでいい」と小林一派は思い込んでいます。

それどころか小林一派は、「愛子天皇が実現すれば日本は何もかも良くなる」という神がかり的な妄想を信じ込む一種のカルト集団と化してしまいました。

とにかく皇位継承問題こそが最優先であり、「愛子天皇が実現しないのならば天皇制がなくなり、亡国の危機が訪れる」と小林一派が言っていることは、どう見ても不安商法に基づく「脅し」でしかありません。

この脅しを使って時代の要請でもある世論を屈服させるという手口は、典型的な男系論者の手法ですが、よしりん先生がDVの話と結び付けて語ってるのは全く納得です。

小林や時浦は、「三橋貴明はDVによる逮捕歴がある人間だから、言論人として言っている主張自体が信用できない」と言っています。

皇位継承の議論で三橋とDVを結びつけて叩くのは論点のすり替えである上に、論敵に対する卑劣な人格攻撃に他なりません。

議論と人格攻撃を混同する小林・時浦・ともしらこそが、言論のルールを無視した卑怯者であると言えるでしょう。

対してDVなメンズは、コミュニケーションの基本姿勢は屈伏させる事。自分のイデオロギーと時代が乖離した時に世間に向けてとる手法も、屈伏させる事。その為の脅しは通常運転で、言論でも同じ手を使うだろうと想像します。

時代との相克を乗り越えようとする皇室と、それを受容する国民を屈服させようとする言論はまさにDV体質そのものです。

いやー、男系って、ホントDVっぽいですね(淀川長治風)。

あろうことか小林やともしらは、男系天皇派そのものをDV(ドメスティック・バイオレンス)と結びつけるという飛躍した論理を語り始めたようです。

ともしらによる「男系天皇派=DV」という解説の内容は、藁人形論法でしかありません。藁人形論法と人格攻撃によって論敵を論破したと思い込むことが、小林一派によるやり方なのでしょう。

そして、ともしらによるDV論の解説を読んで私が気になったのは、「どう見ても小林一派の特徴に当てはまっているではないか」ということです。

何しろ小林ブレーンの時浦は、異論を持つ相手に対しては「力づくで制圧するしかない」と堂々と宣言しているのですからね。

1月11日(日)ゴー宣DOJOin横浜「新春・女はつらいよ」参加応募締切は明後日!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44074
世の中には、いくら慈愛の心をもって接しても、全く通じない人がいるものです。そもそも一切話が通じないのだから、説得もできません。そんな人たちはもう、力づくで制圧するしかないのです!戦う決意、制圧しつくす決意で来年は臨みます。

「コミュニケーションの基本姿勢は屈伏させる事」という特徴は、小林がそうであり、時浦がそうであり、「論破祭り」に明け暮れている小林シンパたちがそうであると言えます。

ともしらもそうですが小林シンパが相手を批判した内容というのは、なぜか自分の欠点を投影したものになることが多いようです。

2026年03月12日 17:59

https://washiblogact3.seesaa.net/article/505012454.html

 

大林わるのりさんからのコメント

小林親分と同じく、シンパたちも三橋貴明のことを「あいつはDV男だから駄目だ」と一斉にバッシングし始めたようです。

しかし、小林シンパによる三橋貴明叩きの特徴というのは、議論と人格攻撃を混同した幼稚な罵倒でしかありません。

そもそも「三橋貴明はDVでの逮捕歴があるから悪い奴だ」という人格攻撃は、皇位継承を巡る議論での「皇位継承は男系天皇を維持するべきか、それとも女系天皇容認をするべきか」という論点とは全く関係がありません。

しかし、シンパたちは小林親分の言説をそのままコピーしているため、「三橋貴明はDV男だから悪だ=だから三橋の言説自体が悪だ」という人格攻撃をひたすら唱え続けることしかできなくなっています。

しかも、小林シンパたちは三橋が男系天皇派であるという理由から、「男系天皇派の価値観ややり方はDV男と同じだ」という飛躍した主張を唱える有様となっています。

「三橋貴明は男系天皇派であるだけでなく、DV男でもある。だから、男系天皇派とDV男は体質が同じだ」という論法は、連想に次ぐ連想のせいで飛躍した論理が生まれてしまった結果としか言いようがありません。

この意味不明な発想が生まれてしまった元凶といえば、小林が三橋貴明を叩くために男系天皇派とDV男を無理やり結びつけたことが影響しているのでしょう。「男系天皇派=DV男」論なる詭弁を言い出した張本人は小林親分であるという事実は、公論サポーター「ともしら」の発言からも分かります。

”男系カルト・三橋貴明&茂木誠の動画” 時代との相克を乗り越えようとする皇室と、それを受容する国民を屈服させようとする男系の言論は、まさにDV体質そのもの
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45975
この脅しを使って時代の要請でもある世論を屈服させるという手口は、典型的な男系論者の手法ですが、よしりん先生がDVの話と結び付けて語ってるのは全く納得です。

小林シンパたちが「男系天皇派=DV男」論を必死で主張しているのは、いつものごとく小林の言説にただひたすら追随していただけでした。

「男系天皇派=DV男」論もそうですが、例の病の影響で頭脳の働きが衰えた小林は、連想に次ぐ連想のせいで飛躍した論理を平気で思いつく人間となってしまったようです。

もちろん、最近の小林による「未成年のスマホは禁止しろ」発言さえも、連想に次ぐ連想のせいで飛躍した論理が生まれた結果であると言えます。

総選挙での高市自民党の勝利と中道の敗北を悔しがる小林は、負け惜しみをこじらせて次のような理屈を頭の中で考えたのでしょう。

「高市自民党に投票をした有権者は、若年層が多い。それはつまり、高市自民党を支持した最近の若者は馬鹿ばかりだということでもある。最近の若者が馬鹿になったのは、未成年のころからスマホに依存しているせいだ。そうであるならば、未成年のスマホ使用は禁止するべきだ」

正常な思考ができなくなった小林に門下生たちが追随しているせいで、現在のゴー宣道場では小林の狂気の発想がひたすら正当化される有様となっているようです。

ゴー宣道場の関係者たちは、小林に対して引退や療養を本気で勧告するべきです。

言論人として醜態をさらけ出している現在の小林の姿を見て、ゴー宣道場の関係者たちは恥ずかしいと思わないのですか。

2026年03月12日 23:29

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517351229.html

 

大林わるのりさんからのコメント

論理の前提には感情がある(西部邁)って言うけれど(-。-)y-゚゚゚三橋貴明氏と施光恒氏の人格は??
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45987

小林シンパである茅根豪(ゴー弁護士)も、ようやく三橋貴明・施光恒叩きに参戦したようです。

ゴー宣道場という村社会での居場所を守り続けたいがために、ゴー弁護士も小林親分の無責任な意見に必死で迎合をしています。

どうやらゴー弁護士は、小林よしのりによる三橋・施叩きの正体は単なる人格攻撃であることを理解できているようです。

上記3月8日のイベントでは、三橋貴明氏と施光恒氏の対談内容について、ご両名の人格に対する評価も含め、辛辣かつユーモアたっぷりのトークが展開されています。男系男子論が事実誤認に基づくのみならず、誤認の原因が主張者の残念な内面の反映であることが暴露されています。ぜひご視聴ください(・∀・)k

小林やシンパたちが三橋・施叩き(特に三橋貴明叩き)のために唱えている一連の主張は、「議論と人格攻撃の区別がついていないものだ」と批判されても仕方がない代物であることを、ゴー弁護士は薄々自覚できているのでしょう。

だからゴー弁護士は、「議論と人格攻撃は別物だ」という基本的な常識は自分でも一応分かっていると言い訳しています。

俗に、「人の『意見』を批判するのはよいけれど、『人格』を批判するのはよくない」と言われます。その理由は、意見の内容は人格の尊卑とは無関係な場合があるし、人格を批判しだすと内容の議論から逸れてしまいがちだからでしょう

しかしゴー弁護士は、論理の前提には感情があるから論敵への人格攻撃は別に悪いことではないという幼稚な詭弁を平気で唱えています。

逆に言えば、その人の意見に人格の卑しさが露骨に反映されている場合や、人格批判が意見の批判に直結する場合は、人格も同時に批判をせざるを得ない。表現活動の中で問題点を抉り出すため敢えて求められる場合すらあるでしょう。当然だよね(・ω・)k

こういうのって論理的な思考ができないってことより、論理の前提にある感情が間違ってるんだろ。感情の劣化(宮台真司)ってやつだね(・∀・)k。感情が間違ってるんだから、そりゃぁ人格を批判されるわなぁ(~o~)。人格が卑しいと言わざるを得ないんだよ。人格は感情の外貌だもんなぁ

「論理の前提には感情があるから」というゴー弁護士の言い訳は、議論の論点とは全く関係ない人格攻撃を正当化するための理由としては無理があります。

そもそも議論をしている際に、論点とは全く関係がない人格攻撃をして相手を叩くのは明らかにルール違反です。

「議論と人格攻撃は別物だ」という常識を平気で否定する茅根豪(ゴー弁護士)は、弁護士のくせに議論のルールもディベートのルールも全く理解していないようです。

ゴー弁護士が、議論から外れた人格攻撃を正当化するための詭弁をわざわざ唱えているのはもちろん理由があります。

何ということはありません。ゴー弁護士が論敵への人格攻撃を平気で正当化しているのは、小林一派が三橋貴明を「DV男」呼ばわりして人格攻撃をしていることを正当化するのが狙いです。

結局、ゴー弁護士は、「小林先生は正しい」「ゴー宣道場は正しい」という結論ありきでものを考えている影響で、小林やシンパたちがやっていることを正当化するための屁理屈を無理やりひねり出しているだけです。

ゴー弁護士はもそうですが、小林シンパになってしまうとものの見方が歪んでしまうようですね。

2026年03月13日 03:14

https://washiblogact3.seesaa.net/article/491239773.html

 

大林わるのりさんからのコメント

本当は何もわかっていない、矛盾だらけの三橋・茂木動画。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45993

独裁者・小林の意向をくんで、ゴー宣道場の関係者たちが特定の「敵」を一斉に攻撃する様子はまさしく全体主義の集団の特徴に当てはまっています。

小林イエスマンの笹幸恵も、三橋貴明・茂木誠の対談動画に対する論破ごっこを行ったようです。

とはいえ「文は人なり」とはよく言ったものであり、笹幸恵の文章も彼女なりの特徴が表われているようです。

笹のブログ記事では、三橋貴明と茂木誠の歴史認識への批判がこれでもかと強調されています。日本の古代史や天皇制について熱心に解説することによって、笹は三橋・茂木のことを「本当は何もわかっていない」と決めつけています。

今日の笹の文章は、「こいつのことは何が何でも論破してやるぞ」という攻撃的な姿勢が見えているようです。

古代史や天皇制に関する見解で笹が熱心に「論破ごっこ」をしているのは、「三橋・茂木を論破できる私こそ賢いんだ」という自意識の表明とも言えます。笹が三橋・茂木への「論破ごっこ」に張り切っているのは、大学院で歴史学を勉強した成果を生かせるからでもあります。

「私は大学院修了だから本当は賢いんだ」というのが現在の笹のアイデンティティなのでしょう。

しかし悲しいことに、笹が社会人になってから大学院修了の学歴を手に入れたのは、あからさま過ぎるほどの学歴ロンダリングにしか見えません。

もしかすると、笹は知的コンプレックスや学歴コンプレックスに悩まされている人なのかもしれません。

もともとは短大卒だった笹が、社会人になってから大学院に通って学歴ロンダリングをしたことも、知的コンプレックスや学歴コンプレックスが動機だった可能性があります。

だから笹が三橋貴明のことを、インテリ気取りをして「「俺ってすごいだろ」臭をプンプン臭わせている」と批判しているのは、ある意味で彼女の特徴を投影した内容として読めてしまいます。

笹幸恵こそが、知的コンプレックスに苦しんでいるせいで無理やりインテリ気取りをし、ゴー宣道場で論破ごっこをして「私ってすごいだろ」臭をプンプン臭わせているのです。

ただし笹は小林や他のシンパたちと違って、三橋貴明を「DV男」呼ばわりして人格攻撃しているわけではありませんし、論理の飛躍が甚だしい「男系天皇派とDV男は同じ」論を唱えているわけでもありません。

なぜなら、笹は夫の連れ子からの家庭内暴力に悩まされていたことがある人間だからです。

笹が「男系天皇派とDV男は同じ」論を言えないのは、「じゃあ、女系天皇派であるあなたの家庭はどうなんだ」と反論されることを恐れているからです。

そして笹は表向きは小林に媚びるイエスマンとなっていますが、内心では運動団体のボスに対して違和感を覚えているのかもしれません。

笹がブログの最後の方に書いた文章は、まるで小林のおかしさを喝破しているような内容として読めてしまいます。

こんな輩が訳知り顔で「伝統ガー」と言い出す。その前に、矛盾だらけの自分の脳内を整理するのが先だろう。彼らは自称保守の典型だ。「俺サマの言うことはすべて正しい」と思っている上から目線。論理的思考と自己への批判的吟味を怠っている、男尊女卑のお子ちゃまに過ぎない

この文章の中で笹が使っている言いまわしは、どれも小林の特徴に当てはまっています。

「訳知り顔で「伝統ガー」と言い出す」、「矛盾だらけの自分の脳内」、「自称保守の典型」、「「俺サマの言うことはすべて正しい」と思っている上から目線」、「論理的思考と自己への批判的吟味を怠っている」、「男尊女卑のお子ちゃまに過ぎない」……。

笹が三橋貴明・茂木誠を批判するために書いた文章は、まるで小林の欠点をそのまま投影したものであるかのようです。

もしかすると笹は、小林に対してこっそりと指桑罵槐しているのかもしれません。

もしも笹が小林に対して指桑罵槐をしていたのならば、彼女はボスからの今までの仕打ちに我慢しすぎて不満だらけとなっているのかもしれません。小林に対して一貫して媚を売り続けていた笹でさえ、現在ではもはやうんざりした気持ちとなっている可能性があります。

笹が小林に対する幻想から覚めてしまったのは、現在の小林が「強者」ではなく「弱者」にしか見えなくなって魅力を感じなくなったからです。

かつての笹は小林のことを、ベストセラーを連発して社会を動かしたカリスマ言論人と見なしてしまい、「強者」として魅力を感じてしまったのかもしれません。

しかし現在の笹は小林のことを、言論人や運動家として落ち目になった上に、老いや病によって衰えた情けない「弱者」と見なしているのでしょう。

何しろ最近の小林は、イベントでは泉美木蘭とかの身内の人間を介護役にしてやっと乗り切っています。「強者」としての小林は恐ろしい存在で魅力的な人間であったけど、「弱者」としての小林はみすぼらしい存在で何も魅力を感じないというのが笹の気持ちなのかもしれません。

今の小林は「弱者」となってしまったから前ほど怖さを感じない、というのが今の笹の本音なのでしょう。その上、以前から貯め込んでいた不平不満のせいもあってか、笹は小林に対して指桑罵槐をするようになったのかもしれません。

しかしながら、笹は反骨精神やしっかりした信念を持っているわけではありません。

もちろん、笹は完全な形で小林に逆らうことができているわけでもありません。

まあ、現在の笹は、小林親分に対して辛うじて指桑罵槐することくらいはできるようになったのかもしれませんが。

「強者」と見なした相手には逆らおうとせずにひたすら媚びへつらうけど、「弱者」と見なした相手に対しては何も敬意を持たず見下した態度で接するというのが笹の本性のようです。

ゴー宣道場に所属していたせいで笹は物書きとして残念な人になっただけではなく、人間としてもすっかり腐りきってしまったようですね。

2026年03月13日 17:56

https://washiblogact3.seesaa.net/article/502916688.html