大林わるのりさんからのコメント
小林よしのりは玄洋社の頭山満を深く尊敬し、彼を主人公にした『大東亜論』シリーズを描いていたことがありました。そういえば、小林が心酔していた頭山満は、「一人でいても寂しくない男になれ」という名言を残していましたね。
果たして小林は、「一人でいても寂しくない男になれ」という言葉の通りに生きることができているでしょうか。残念ながら現在の小林は、イエスマンに囲まれていないと不安になっている惨めな小心者にしか見えません。
ちなみに新ゴー宣時代の小林は、孤独に耐えることの重要性を作品で主張していたことがありました。作中では、高校時代の小林の回想シーンが描かれています。
文化祭でキャンプファイアーを囲みながら感動している同級生たちに失望した小林少年は、教室の黒板に「みんなで青春ごっこしてろ」とチョークで書いていましたね。
カラオケごっこにうつつを抜かしている小林とDOJOの仲間たちは、文化祭で青春ごっこに明け暮れながら自己満足していた小林少年の同級生たちとかぶって見えます。私は彼らに向かって「みんなで道場ごっこしてろ」と言ってやりたいです。
子供のころから「漫画家になりたい」という目標を持ち続け、高校時代のころも部屋で漫画を描き、夢を捨てずに孤独に耐える強さを持っていたのが小林少年でした。少年時代の彼は、年を取ってから堕落した自らの姿を見た時に果たして何と思うのでしょうか。
2025年07月07日 17:36
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大林わるのりさんからのコメント
時浦兼が師匠の小林よしのりから学んだことは、己の弱さを直視せず、実力以上に自分を強く見せて虚勢を張ることでした。時浦がやたらと自らのファイティングポーズを強調したり、異常なまでに他者に攻撃的なのは、自分自身の弱さの裏返しでもあります。
時浦には、父親による虐待の過去や、少年時代に学校でいじめを受けたトラウマがあります。彼による攻撃性は、被害者意識の裏返しや社会への復讐心も根底にあるのかもしれません。
ゴー宣のファンだった人たちには、雨宮処凛のように元いじめられっ子だった人が多いのも納得がいきます。かつての小林は「弱者のための絶対強者になりたい」と言って、建前では弱者の味方を演じていたので騙された人たちも多かったでしょう。
己の弱さを直視せず、虚勢を張って自分を実力以上に強く見せるという小林のやり方を真似ることで、ゴー宣読者(小林ファン)も「自分は強くなった」と勘違いすることができたのです。
ナショナリズムと同化してマッチョイズムを気取るネトウヨに、元いじめられっ子が多いのもそういうことです。小林ファンだった雨宮処凛も元右翼でしたし、時浦も靖国に毎日参拝するほどの右翼となってしまいました。
いや、そもそも元いじめられっ子たちのバイブルだったゴー宣こそがネトウヨを生み出した元凶でした。
弱さを抱えていながらそれを直視できない人は、カルトに取り込まれる恐れもあります。小林と時浦の関係は、カルト教祖と信者の関係にそっくりになっています。
偽りの自己肯定感で救われた気にさせ、偽りの教えで全ての物事を知った気にさせ、偽りの選民思想で優越感を植え付け、偽りの社会正義で使命感を与えるのがカルトの特徴です。ゴー宣道場がやっていることはカルトの特徴に当てはまりますし、ゴー宣の言論の手法自体がカルトそのものでした。
小林は新ゴー宣1巻で等身大の自分を直視する大切さを唱えていましたが、皮肉にも、小林による虚勢を張ったファイティングポーズを真似て自己肯定感を持ったファンたちは、等身大の自分を見失いました。
自分の弱さを直視できなかった時浦や小林ファンたちは、ゴー宣というカルトに取り込まれてしまったのです。
虚勢を張って攻撃性を示し、戦う姿勢を強調する前に、まずは自分自身が持つ弱さと向かい合う必要があります。それこそが、時浦や小林ファンたちがやるべきことではないでしょうか。もちろん、小林もそうです。
2025年07月08日 12:43
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※関連ブログ
これまで秘書みなは自ら発信することがなかった為に、その人間性についてはほとんどの人は知る術はありませんでした。
道場設営に協力したことのある人でも、彼女の非社交的な態度から深くやりとりすることはなかったといいます。だから当方ブログで彼女の本性について書いても半信半疑で流し読みする方が圧倒的に多く、私は寂しい気持ちになったものです。
しかし秘書みながTwitterを始めたことで、ほとんど時浦兼と大差のない人間性であることが可視化され、これまで私が書いてきたことの信憑性がいや増して、これまで書いてきたことがやっと報われた思いです。
公論戦士たちは一体なにと戦っているんだ︎: イボナメクジ愚行録
秘書みな岸端はTwitterで「絡んできたと悪いことのように言いますが、それが嫌なら公に向かって呟かない方が宜しいかと」と言いながら、ブログには「あ、でも、あくまでも公論イベントの告知アカウントなので、アンチの皆さん、こちらにクソリプしてきても、よしりん先生が相手にすることはありません。完全スルー&ブロックしますので、無駄な労力はやめましょう 」と書いています。
相手からの反論はブロック遁走すると言いながら自分のクソリプは正当化する二枚舌ぶりはさすがに性格悪すぎて笑えます。公に呟く以上は発言に責任を持つのが公論じゃないのでしょうか?
時浦は「非国民」という言葉を使って暴走したか?: イボナメクジ愚行録
彼はオタクを自認していますが、オタクといってもさまざまで、世間的なイメージではオタクといえば偏った知識が膨大にある人を指しますが、しかし同時にただのアニメ好きやアイドル好きというだけでオタクにカテゴライズする向きもあります。
時浦はどちらかといえば、後者の方に当たり、さして知識もない好事家といった感じです。
オタクならざる人の目には同じオタクに括ってしまいがちですが、それは膨大な知識のあるマニアックなオタクに失礼ではないでしょうか。
ともあれ、そもそもの知識もなければ、知識を吸収する感受性もなければ柔軟性もない時浦兼をブレーンにしている小林よしのりは自身の人選ミスを悔いた方が良いでしょう。
時浦兼は子供の頃から今に至るもその腐った性根が正されることもなく歳だけを無駄に重ねたようです。
それもこれも小林よしのりに拾われたのが不幸の始まりです。
あろうことか小林は時浦のその腐り果てた性格を利用し、ひたすら世の中を呪詛するサッドモンスターに育て上げたのです。
時浦は自らをイジメサバイバーと称していますが、自分自身の行動を一切省みずに、社会を憎むザマのどこに「公論」とやらがあるのか説明して欲しいものです。
自分が受けた被害は大袈裟に語り、同情を買おうとしてやがりますが、他人に対してひたすらに陰湿なイジメまがいの罵倒や粘着をし、またリンチの首謀者にもなります。
時浦兼って、本当に腐り切った生涯を送っていますね。もはや人間廃業といって差し支えないでしょう。
時浦の毒親からの自立エピソードを読むと、オウム真理教の最高幹部であった村井秀夫のことを思い出してしまいます。
社会を知らないまま、おかしな指導者にやりがい搾取され、捨て駒として処理されてしまう哀しき存在。
時浦兼は初めてマンガ賞を受賞した時に「終わりなきゴールを目指して、険しいまんが道を一歩一歩あるいてゆく」と藤子不二雄の両先生に誓った筈なのに、コロコロの編集者に勧められ、マンガ家修行の一環として「よしりん企画」にアシスタントに入ってしまったのが奇跡的な不幸の始まりだったのではと思います。
たとえば、よしりん企画にアシのバイトとして数ヶ月通い、そのあとに河合じゅんじ先生や沢田ユキオ先生や徳田ザウルス先生などのアシスタントを経験してマンガ家としての基礎を学んでいれば、コロコロ作家としてデビューするという未来もあり得たでしょうし、たとえ挫折したとしてもその挑戦したという実績は必ず将来の財産になっていたことでしょう。
それなのに、小林は時浦のその夢を鼻で笑い、「わしの所の専属アシになれば安定した収入を得られるばい」との甘言で騙したのでしょうか?
時浦は少年の頃から「いちずにマンガ家めざして描き続けてきた」のに、いつ己を捨てたのですか?
大林わるのりさんからのコメント
「アイヌ民族の遺骨を使ったアイヌラーメン」というゴー宣ファンによるヘイト発言は、昔の小林よしのりがゴー宣で描いていた露悪趣味的な差別ギャグを彷彿とさせました。小林が新ゴー宣で描いていた「子供の黒人障害従軍慰安婦」というギャグは、まさにその典型です。
小林によるゴー宣での手口は、露悪趣味的な差別ギャグだけではありません。敵の陣営を悪魔化して藁人形論法で叩く誹謗中傷ギャグもそうです。そういったやり方でも、建前では風刺ギャグを装っているのだからたちが悪いのです。
『教科書が教えかねない自虐』(文庫化で『自虐でやんす。』に改題)の冒頭漫画では、日本の戦争犯罪を反省している人たちを、自分の情けない過去や犯罪歴を誇張して告白して「誇り高い」と自己陶酔している人になぞらえました。
男野系子という架空のキャラを出して男系天皇支持の右派を藁人形論法で叩いていた小林は、戦争責任を追及する左派を藁人形論法で攻撃していたころから変わっていませんでした。
生徒たちが手作りの卒業式を行った所沢高校を揶揄するために、「所左派高校」という架空の学校を新ゴー宣の作中に出して茶化したこともそうです。
こういった風刺を装った誹謗中傷ギャグからも分かるように、小林による風刺のやり方は粗雑なのですよ。しかも、彼が作中で展開しているギャグ自体が滑っています。
ゴー宣と同じく風刺のやり方が粗雑でギャグとして滑っている松本人志監督の映画『大日本人』に対して、小林が好意的だったのも納得がいきます。どちらも作品の手法が似ていたので、松本映画は小林と相性が良かったのです。
ゴー宣での露悪趣味ギャグといえば、『戦争論2』で南京大虐殺の虚構性を指摘するために、「通州大虐殺」というギャグを小林が描いたこともそうです。
小林は『戦争論』では通州事件を持ち出して、「中国が悪い。日本軍は正しい」というプロパガンダに利用しています。しかし、多くの日本人が死んでいる通州事件をギャグ化できる時点で、同事件の死者を冒とくしているようなものです。
狂信的なゴー宣ファンが師匠である小林の露悪趣味的な体質を受け継いだのは、ある意味では当然と言えます。露悪趣味的な言説によってファンにヘイト体質を植え付けてしまった小林の罪は、きわめて重いと言えます。
2025年07月08日 15:01
https://washiblogact3.seesaa.net/article/499421394.html
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大林わるのりさんからのコメント
確かに、安易なウンコチンチンネタに頼ったギャグ漫画は子供には受けやすいです。しかし、高尚な内容の物語ではないことは事実ですし、大人になってから読むと面白いとは感じにくい作品になります。
小林よしのりは、『月刊コロコロコミック』で連載していた『おぼっちゃまくん』では、安易なウンコチンチンネタや駄洒落に頼ったギャグで読者の人気を博しました。しかし、小林はギャグ漫画としてのこの成功パターンに味をしめ、慢心に陥りました。
『ゴーマニズム宣言』で小林が「わしは天才漫画家」とやたらと強調するようになったのは、『東大一直線』と『おぼっちゃまくん』をヒットさせたことによる驕りの気持ちが表われていたのでしょうね。
小林が『ビッグコミック』で連載していた『遅咲きじじい』には、緊急時に男性器が極度に勃起する森本苦郎というキャラや、老人の体臭フェチの三木谷優というキャラが登場しています。
小林は大人向けの漫画でも、子供向けのギャグ漫画と同じく安易な下ネタに頼って笑いを取ろうとすることをやめられませんでした。
現代の日本が舞台で、思い込みの激しい変人主人公が周囲を振り回すというのが、『東大一直線』から一貫している小林のギャグ漫画の特徴です。『おぼっちゃまくん』もそうですし、『遅咲きじじい』もそうでした。小林はおっさん向け雑誌で連載しても、同じパターンの物語しか作れませんでした。
小林の過去作と同じパターンの作風だった『遅咲きじじい』は、わずか全3巻の打ち切り作品となりました。『おぼっちゃまくん』がヒットした後の小林は、創作者として成長することができなかったのです。
2025年07月08日 19:03
https://washiblogact3.seesaa.net/article/516640078.html
ろろ・のの・ここさんからのコメント
もともと下品な漫画だったので読まなかった作品の漫画家が今は身内の飲み会のようなノリのくだらない動画を発信している事に驚いた。
https://youtu.be/Uagkx-N8tNc?si=91pLLdH-OAxhrVyZ
大林わるのりさんからのコメント
昔の日本の右派は、最近の小林よしのりのように儒教は悪だと言っていたわけではなく、儒教に対しては好意的な評価をしていました。
儒教を悪だとすると、右派が好きな武士道や教育勅語も悪ということになります。かつての小林は、武士道や教育勅語を好意的に評価していましたね。儒教を悪とする現在の小林は、過去の自らの思想をどう思っているのでしょうか。
また、儒教を悪だとすると、皇国史観も悪ということになります。なぜなら、北畠親房の『神皇正統記』も、徳川光圀が編纂を開始した『大日本史』も朱子学の思想がベースになっているからです。言うまでもありませんが、幕末の志士たちが信奉する尊皇主義は、朱子学の影響を受けていました。
むしろ、昔の日本の右派は中国下げと日本上げをするために、儒教を好意的に評価していました。
「中国は性悪説の社会なので、儒教は建前上では尊ばれても人々は本音では信じていなかった。一方、日本人は儒教を道徳思想として真面目に信じたので、江戸時代に武士道の思想が生まれた。武士道に影響を受けた武士たちのおかげで、明治維新を起こすことができた」
というのがかつての日本の右派たちが唱えていた歴史観でした。新しい歴史教科書をつくる会会長だったころに西尾幹二が執筆した『国民の歴史』も、そういう歴史観を唱えています。小林は新ゴー宣で、同著の内容を紹介していたはずです。
昔の右派は最近の右派と違って、ちゃんと勉強をして自分の思想的な立場を理解していたと言えます。ただし、彼らが勉強の成果を偏った「日本すごい史観」に利用したことは感心できませんけどね。
左派やリベラル派が儒教思想を否定するのは、思想的には矛盾がないので別に構いません。私も個人的には、儒教の思想は現代の日本では時代遅れとなっている部分がかなりあると思います。
しかし、日本で保守派・右派の立場に立つ人が儒教思想を否定するのは、自らの思想的な立場を否定するようなものです。尊皇派のくせに儒教を否定する小林よしのりや、右派のくせに儒教を否定するケント・ギルバートがまさにそうです。
リベラル派から保守派・右派に転向して反共主義者となったものの、伝統保守になれない小林やケントは単なるネオコンでしかありません。小林やケントによる儒教否定の言説は、日本の保守派・右派が劣化したことの象徴と言えるでしょう。
2025年07月08日 22:14
https://washiblogact3.seesaa.net/article/515747216.html
記録を残すさんからのコメント
<万世一系がまやかしであることくらい良識ある大人なら誰でも知っています。>という指摘は、まったくその通りだと思いますし、そうであってほしいと思いますが、ではなぜ、小林よしのりがそんな「誰でも知っている」指摘を絵解き漫画したかといえば、竹田恒泰や八木秀次といった「誰でも知っているまやかし」でメシを食っている人間たちが存在しているという状況が現にあるからで、それを「まやかしだ」と指摘する小林には一分の理くらいはあるでしょう。
このへんをどう考えているのかなあ、というのが皆さんの小林叩きコメを見ていて、いつも不思議に感じるところです。
まあ、「ココは小林を叩いて楽しむための場所だからあえて触れないだけで、そんなことは百も承知だ」とおっしゃられるのかもしれませんが。
『嫌韓流』や「在特会」が出てきたときも小林は批判側にまわっていましたが、デマプロパガンダ漫画家の小林が、相対的にではあれ、「まとも」に見えてしまう状況や場面というものが現にあるわけです。
もちろん小林は、顎を突き出し胸を反らしながら批判ができるような立場の人間ではない。竹田らが「誰でも知っているまやかし」をネタに公的機関での講演やネットでの活動などを通じてメシを食う以上の豊かな収入を得られたり、杉田水脈のようなトンデモ発言やヘイト発言をくりかえす人間が自民党の政治家として活躍できたりする世の中をつくりだす地ならしに寄与したのは、小林でありゴー宣です。
自分がやってきたことへの検証もなしに、知識だけ借りてきて「誰でも知っているまやかし」を批判してみせたところで、話題にもならない、読まれもしないで終わるでしょう。
少し前に面白い報告を目にしました。杉田水脈の講演会に行ったところ、聴衆のなかに参政党あたりの主張に影響を受けたと思しき者が複数おり、その連中が在日外国人への対応などについて生ぬるいと杉田を糾弾していたというのです。それに対して杉田は「日本にいる外国人をすべて追い出せというのは現実的に不可能です」などとなだめるような形になって、相対的に「まとも」に見えてしまったそうです。
水は低きに流れる、というやつですね。
参政党といえば、党首の神谷宗幣はもともと「新しい歴史教科書をつくる会」で活動していた人物で、特に高橋史朗に傾倒しているとか。ということは当然、日本会議、統一教会、キリストの幕屋などとも関係があります。
参院選で10議席以上とるのではないかとも言われてますがどうなることやら。そして数年後には参政党の連中ですら相対的に「まとも」に見えてしまう連中が生まれていたりするのでしょうか。
小林は単体ではオワコンですが、小林のやらかしてきたことは確かに今現在に繫がっているようです。
2025年07月09日 00:19
https://washiblogact3.seesaa.net/article/516765410.html
大林わるのりさんからのコメント
>ではなぜ、小林よしのりがそんな「誰でも知っている」指摘を絵解き漫画したか
記録を残すさんへ
現在の小林が支持母体にしている生長の家に配慮したからということになります。小林による女系天皇支持と万世一系の否定は、組織票である新興宗教の影響を受けて言っている意見に過ぎません。
ゴー宣DOJO(旧ゴー宣道場)には、生長の家の信者たちが潜り込んで活動してます。現在の生長の家は女系天皇支持を表明しており、小林もその意向を受けて動いているのです。
リベラル路線の生長の家谷口雅宣派(現執行部派)が女系天皇支持であり、右派路線の旧生長の家谷口雅春派(日本会議系)が男系天皇支持です。右派陣営の女系天皇支持と男系天皇支持を巡る対立は、生長の家の分裂による影響もあるのです。
女系天皇支持に凝り固まった小林が、男系天皇支持の参政党を支持できないのは仕方ないでしょう。ただし、その原因は生長の家分裂という宗教上の理由が絡んでいるのです。
ちなみに、神谷宗幣が影響を受けた高橋史朗は、大学時代のころから生長の家の活動家であり、勝共文化人でもありました。また、森友学園で籠池泰典の部下だったのが神谷です。籠池は日本会議の活動家でした。日本会議といえば旧生長の家系の谷口雅春派の人脈であり、男系天皇を支持しています。
日本会議は、新しい歴史教科書をつくる会の支持母体となりました。つくる会に参加していたころの小林は、高橋史朗や日本会議と共闘していました。
また、神谷宗幣は統一教会の会合に参加したこともありますし、ビューポイントの筆者でもありました。一方、小林も右派時代は統一教会の別働隊でした。つくる会には勝共文化人が幹部として参加していましたし、小林の元ブレーンでゴー宣道場師範だった宮城能彦は「世界日報」系文化人でもあります。
さらに、神谷宗幣がかつて理事を務めていたヤマト・ユダヤ友好協会は、キリストの幕屋の影響を受けています。一方、新しい歴史教科書をつくる会の各地の支部で、末端の活動家であったのがキリストの幕屋の信者たちでした。
9.11以降に反米化した小林は、つくる会支持母体だったキリストの幕屋と対立しました。小林にはキリストの幕屋との過去の遺恨があるから、同教団と近い参政党は憎いはずです。しかし、つくる会時代の小林のベストセラーは、キリストの幕屋によるまとめ買いのおかげでもありました。
参政党が、特定の新興宗教の影響を受けているというのはまさにその通りです。同党の人脈は、小林のつくる会時代の人脈とも重なっています。小林の右派時代の言説は、組織票である新興宗教の意向を受けていた事が分かります。
しかし、小林はゴー宣道場を結成してからは、別の形で新興宗教を組織票として頼っているのが現実です。
2025年07月09日 13:38