脱イボナメクジ宣言

小林よしのり読者であった黒歴史を告白する会

ブザマなお猿さんの演舞

無様なモンキーダンスを踊るものさんからのコメント

公論形成が行きついた先ですか。最初からそんなものはありませんでしたよね。
あったのならば、「被爆瓦礫」や放射性デマを垂れ流したりはしないはずです。
それとも、自身が参加していた時点ではカルトでは無かったとでも言いたいのでしょうか?
また、知能レベルも私から言わせると五十歩百歩でしょう。まあ、知能と言うよりもフィクションと現実の区別をつけることができないと言ったほうが良いでしょうか。
コロナ禍においても言われたことであるが、必要なのは「議論」ではありませんよね。必要なのは事実や論理の積み重ねであって、いつまでそのような幻想に縋るんでしょうか。ようは自身の感情を「論理」や「法」よりも上に置きたいだけでしょう。

おぼっちゃまくんがうんこちんちんだけだった。というのも事実とは異なりませんか?また、それよりも面白い(と思われる)ギャグマンガや作品を読んでどうなんたんでしょうか?人間的に豊かになった、知識や論理が深まった、カルト団体へ参加しないことへの一助になった…

結果はどうだったんでしょう?私個人としては、そんなものよりも真面目に科学を学んだほうが良かったと思えましたが。良く幼少期にいわれた「漫画ばかり読んでいると馬鹿になる」は本当だったなと。

どのように脳内での美化が働けば作品内のような小林よしのりが道場でも見られると思ったのか…作品内にあった数多の下品、不謹慎、不道徳な描写を読んでいたにもかかわらず、何を思って道場に参加したのか…

不謹慎なサブカルのノリによるおちゃらかしによって「公論形成」ができると思ったのか。皆で泣いて、笑って、怒って、内輪のノリでそんな事をやった所で何も変わらないでしょう。

2024年07月28日 22:49

https://washiblogact3.seesaa.net/article/504157729.html

 

無様なモンキーダンスを踊るものさんからのコメント

そうですね、手コキと手漕ぎボートを掛けたんです。というくそ寒いダジャレを入れた動画を深読みしてはいけないし、持ち上げてはいけませんね。すでに消えているからノーカンでしょうか。

冗談はさておき、内容を覚えていないのは読み手の記憶力の問題であり、作品の貴賤や高尚さとは無縁の問題でしょう。

証明はできませんが、私の手元には現在おぼっちゃまくんはありませんし、全話読んではいませんが、覚えているキャラであったりお話を列挙すると

キャラでは、ドクターモウ、ゼッコー仮面、仮面チャマダー、影茶魔、チャンシー、茶魔シロー、シンパイダーマン、実在の人物像ではベン・ジョンソンも出てましたね。

お話しでは、美醜逆転の村、カップヌードルを蛇の神と崇める何故か茶魔語が通じる部族であったり、亀が進化した惑星であったり、ジェラシッコパークであったり…

鷲ヲさんの言っていた通りのうんこちんちんの話であれば、びんぼっちゃまがうんこを盗む話や大量うんこの濡れ衣を茶魔が晴らす話であったり…

記憶頼りでもそれなりに思い出せるものですね。共通点を探すなら、安易なパロディが多かった印象ですね。あとは、ひたすら下品であったり。

まあ、小学生相手なら安易なパロディでもウケたでしょう。しかし、成長とともに多くの多様な表現に触れていくうちに、人は貪欲になるものです。

現状の結果は、小林よしのりしか出来ない表現、というものを磨いてこなかった結果でしょう。

ゴー宣においても例を出すと、エアボーズワン、ゴカイダー、西村眞悟氏の発言を受けての辻元清美を茶化す回であったり…

公論の看板と言われますが、常々疑問に思うのが、道場に参加した皆さんは下品で不謹慎サブカルのノリのおちゃらかし漫画のどこに「公」を感じたのでしょうか?

羊頭狗肉と言うのがピッタリかと。小林よしのりが自身を美化して描くことや取材をしていないことも、文句を言うべきは、見る目がないこと、フィクションと現実の区別を付けられなかった自分自身へ言うべきでしょう。

恥とは、デジタルタトゥーとはなんでしょうね?

2024年08月15日 21:30

https://washiblogact3.seesaa.net/article/504361767.html

 

無様なモンキーダンスを踊るものさんからのコメント

突っ込むことも馬鹿馬鹿しい内容ではありますが、今回もちょろっと言っておこうかと思います。

実在の人物が写実的でなければいけないか否か。これも読み手の問題だと私は思いますが。現実とフィクションの区別がつけられない。実際に目の前で見て判断しなければわからない、ということなのでしょうか?そうであれば、道場に行くのも頷けるというものですが。

また、編集部のチェックというのもなかなかに痛い言い分かと。情報の取捨選択は社会に出れば当たり前。デマやウソに騙されるのも受け手の責任も場合によっては問われるべきでしょう。

公安の調査対象団体に参加するのも若気の至りとは社会においては通用しないと思いますが。

そうですね、安倍氏統一協会の関連団体よりお金を受けとったとのデマや、統一教会は政治に影響を与えるような力はない、との真逆のことを発信する人物がジャーナリストでしたか。

社会を知ると『被爆瓦礫』などというデマ発信をしてしまうのでしょうか?それともあれは『若気の至りだった』とでも言うのでしょうか?

検証もやめた方が良いと私は思いますが。私の証言についても件の人物のサイトに堂々と書いてあった事実を確認できなかったでしょう。

自分自身に都合の良い情報のみをピックアップするのならば、それは特ににコロナ論における小林よしのりと同様でしょう。私の考えるジヤーナリズムとは事実をありのまま伝えられることですが。

道場発足時でもトンデモな情報を発信していたわけですが、元参加者がそこを客観的に検証できるとは私はとても出来るとは思えませんが。

2024年09月01日 22:16

https://washiblogact3.seesaa.net/article/504625642.html