脱イボナメクジ宣言

小林よしのり読者であった黒歴史を告白する会

タコツボの中の教祖様

匿名希望さんからのコメント

イボのエアリプブログを読みました。
虚言癖を指摘されての居直りのようですが、文章が下手くそすぎて、ちょっと何言ってるか分からないw

とりあえず、
「わしも若い頃から騙されたことは何度でもあるが、
この歳になってもまだ騙される。」
「独善的で、自分本位に考える奴は、自分は騙される方で、
騙す方じゃないと主張するが、自分を客観的に見る目が
乏しいだけである。」
この2つの文だけ読めば、「まあそうだよね」と納得できます。

2024年04月17日 12:45

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503002433.html

 

なおさんからのコメント

結局、小林の頭の中は自分しかないのですよ。自分が神で自分以外の漫画家だろうが小説家だろうが評論家だろうが全部下に見てるのです。

自分を絶賛するやつ、自分の意見にマンセーしてくるやつ、自分の本を買ってお布施してくるやつだけは苦しゅうないと言って褒めてつかわす。のですよ。自分に反対するやつは神をも恐れぬ愚か者でしかないのです。
スターリン遠藤ミチロウが歌ってました。
「例え地球が滅びても 決して死に絶えないエゴイスト
口を開けば俺、俺、俺、俺 決してくたばらないエゴイスト」

2024年04月21日 15:45

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503056829.html

 

ライジング購読者さんからのコメント

代表と赤塚不二夫秋本治

代表が赤塚氏や秋本氏については好意的だったのは、お二人が代表の中では競合相手にならなかったかもしれませんね。

多くの漫画家がその道を目指した理由が「描く楽しさ」「巨匠と名作への憧れ」である場合が多いのに対し、代表の場合は承認欲求が原点なので周りの自分より売れていたり、作画や原案で自分を上回る漫画家(特に90年代以後のクールジャパン世代)は敵か嫉妬か格下扱いで無視すべき存在扱いだったような気がしますね。

そんな中、赤塚先生と秋本先生が敵にならなかったのは、代表にとっても手が届きそうな存在だったからのような気がします。

赤塚先生は晩年の「ネコの大家さん」まで初期の作画から大きく変わることはなかった。対して、秋本先生は90年代から作画レベルも時代に合わせて向上したがそもそも「こち亀」のウリはギャグと人情なので。

https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/113161/A000032072/


代表が少年向けギャグ漫画を終えてゴーマニズム宣言を開始するのが1993~1994年。その後、90年代に始まるクール・ジャパンの黎明時代にレッドオーシャンの競合の中で各種漫画やアニメの作画レベルが今日的な方向へ向上し続けた(ジャンプだと2000年の矢吹先生のBlack Catがその里程標)のを考えると、時評漫画というブルーオーシャンを見つけたのは代表にとって不幸中の幸い(あるいは幸い中の不幸?)だったのかもしれません。

2024年04月23日 12:40

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503074166.html

 

なおさんからのコメント

へえ~、こんなの描いてたんだ。私、この頃もずっとヤンマガ読んでたはずだけど、一切記憶にないなあ(笑)
単行本化もされてないんでしょうかねえ。
まあ読む気にもなりませんが。

だから内容は一切わかりませんけど、え?これSFなのに「よしりん」が出てくるの?この頃ゴー宣が少し話題になってたからって、よしりん出せば読者が食いつくとでも思ってたんでしょうか。どこまで自己顕示欲が強いんでしょうか。
読者層の違いとか、一切考慮してないのが情けないですね。そして、そういう失敗に懲りず、今でもわかってない。だから、今ではタコツボの中の教祖様になってしまったんですね。

2024年04月23日 23:41

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503074166.html